【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
著者 今村昌平 [ほか]編
出版者 岩波書店
出版年月日 1985.10
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/3
夢声の弟子として
福地悟朗
ふくちごろう
一九〇〇年東京に生まれる。
咄家にあこがれ修業中、
たまたま聞いた夢声に感激、
さっそく弟子入りし映画説明者となる。
洋画中心の知的な語りには定評があった。
トーキー以後、P・C・Lに入り、
脇役として活躍。
戦後の東宝争議では文工隊として全国をまわる。
以後、俳協に所属し現在に至る。
無声映画の鑑賞会などで、
洋画の名作を一晩でも語る貴重な弁士経験者である。
(インタビュー 一九八五年六月二四日)
〔画像〕p162【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
―― お生まれは何年ですか。
福地 明治三三年、一九〇〇年一〇月五日生まれ。
本名を小野十五郎と申します。
―― 小野梓の身うちだとか。
福地 親父が土佐の宿毛の出身で、
小野義真といいまして、
東北本線、上野から青森までの私鉄、
日本鉄道を創設いたしまして、
その社長をやっておりました。
井上勝、岩崎弥太郎の弟弥之助、
この二人と、手を組んで始めたらしい。
たまたま盛岡の郊外、
岩手山麓の原野二六〇〇余町歩に
非常にうたれたものがあった。
何かここでやろうじゃないかというんで、
三人で金を出し合って買収した。
これが小岩井農場なんです。
小野の「小」と岩崎の「岩」と
井上の「井」を組み合わせた。
そういう男でございました。
弟の梓のほうは、ロンドンへ行きまして、
もともと蒲柳の質であったのが、
たちまちに
コンサンプション(肺結核)にやられまして、
三五歳で死んだんでございます。
彼は大隈重信と協力、
早稲田大学を創設しました。
旧制中学もロクに出ていない私が
早稲田大学に入りましたのも、
このおじの縁故でございました。
今でいう「裏口入学」、
金は使っておりませんが
頼みこんで入学できたわけです。
ミルクホールに入りびたりの
けしからん学生生活でしたな。
まあ、私は芸事の方が好きだったんです。
―― シネマパレスに行かれて
初めて夢声をおききになったとおっしゃいましたが、
最初、咄家になりたかったというお話から、
そのへんの事情をお話していただくと……。
福地 向島で私生まれたものですから、
浅草へ行きまして、映画ばかり観ていました、六区で。
そのころ染井三郎とか、生駒雷遊とかいう、
いわゆる下町ふうの美文麗句で歌い上げる、
これよりうまい弁士はないと思っていた。
ところが小野梓が始めた冨山房に勤めている、
やはり土佐からきておりました人が、
「小野さん、あんた弁士、弁士というけれども、
弁士は浅草だけではない、神田にもいますよ」
「どこにいる」
「淡路町のパレス」
「何という弁士?」
「徳川夢声」
「聞いたことないな」
「一ぺん聞いてごらんなさい」。
そのときにやっておりましたのが、
『キイン』というフランスの映画。
エドマンド・キイン。
シネマパレスで、
浅草とはまるで雰囲気の違う、
お客は咳払いする人もほとんどないくらいで、
小さな小屋でドームの形で、
こういう下へ下がっていて、
スクリーンが見えて、
その前に小さなボックスがあって、
トリオぐらいで演奏している。
やがてブザーが鳴りまして暗くなる。
真っ暗の中に音楽が流れる。
しずかにカーテンが上がる。
そうすると何かささやくような声で、
「無名の青年から名をおこして
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一躍演劇団の花形となりました
エドマンド・キイン、
その青春時代の華やかさに比べ、
最後は暗澹たるものでございました」。
こういうしゃべり方なんですね。
洗練されたバリトンで
ちょうどこうやってお話しているのと同じようだ。
はてな、これが活弁かな、
こんなしゃべり方でどうなるのかな、
と思って見ているうちに、
うまいんですね、性格描写が。
それから失恋をする、
伯爵夫人に恋をしてボロボロになっていく、
何もそういうことの説明はしないんだけれども、
ときどき吐息をつくようにしゃべっていく
彼のしゃべり方。
これに付き添いのニコラス・コリンという
老優がおりまして、脇役が。
これがうまい。
主人公が倒れてしまったところで
カーテンが落ちる。
「お客さま、芝居はおしまいでございます」
という一言。
見ていてハッと泣きたくなる。
これはすごいなあ、なるほど。
何よりも私がうれしかったのは、
真っ暗で顔が見えない。
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日本映画の誕生
講座 日本映画1(全7巻・第1回配本)
一九八五年一〇月二三日 第一刷発行
定価二八〇〇円
発行者 緑川 亨
発行所 株式会社 岩波書店
〒101 東京都千代田区一ツ橋2-5-5
電話03-265-4111
振替東京6-26240
印刷・凸版印刷 製本・永井製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/186
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