【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
著者    今村昌平 [ほか]編
出版者   岩波書店
出版年月日 1985.10
p3【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
〔画像〕p3【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
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私は実はまず咄家になろうとして、
柳家三語楼、談州楼燕枝、四代目柳家小さん、
この三人を順々に訪ねまして
「師匠、お弟子にしていただきたい、
 住み込みで一生懸命やりますから」
「おまえさん咄家になるというのは
 寄席は好きか?」
「大好きです」
「いま幾つだ」
「いま一三になりました」
「小咄ぐらいやったことあるだろう。
 しゃべってみろ」
「はい」。
それで小咄をちょっとやりました。
三語楼という人だけは、
手にストップウォッチを持ちまして
「『穴子でからぬけ』知ってるね」
「ええ」
「あれ、しゃべってみろ。
 いいね、おまえ。
 普通ね、これ八分ぐらいかかるんだよ、
 うちの前座は。
 おまえさん六分でやっちゃったよ。
 六分でやれるんだ。
 おいで、あしたから」
うれしかったですがね。
「ええ、伺いますから、よろしく」
「うん。で、親御さんはむろんご承知だな」。
私、そのとき家出していたのです。
「それが具合が悪いんです」
「あっ、それは残念だが、ダメだ。
 そういう人を引き取って
 ひでえ目にあった仲間がいる。
 誘拐罪になる。ダメだ」
どこへ行ってもダメ。
テストは受かるんですが、ダメ。
それであきらめました。

ところが、
私の母というのは江戸っ子で、
いまの日本橋の三越の前に植木棚と称する
町人の町があって、
その袋物問屋の娘だった。
嫁入り支度に踊を踊ったり、
三味線を習った、長唄を。

それで耳は私できていたものですから、
もうしようがない、
長唄やってやろうと思って、
吉住小三郎の弟子で
小桃次という人が小石川におりまして、
これはビクターで赤盤を出した達人で、
師匠には遠く及ばないけれども、
なかなか大家だった。

ここへ頼み込んで、弟子入りしました。
頼み込んでといっても、
これは咄家の世界と違いますから、
束脩、金拾円也を包んで持っていった。

吉住派はお座敷長唄。
謡がかりの芝居長唄とは発声が違う。
吉住のほうは言文一致なんです。
三年やりました。
朝十時から夕五時まで弁当持参、
ほかのお弟子の稽古まで聴く。
いわゆる盗みげいこ。

いよいよおさらいをして
テストを受けまして、
「官女」を唄って小源次という名前をもらい、
帝国ホテル演芸場でやることになっていたときなんです、
その『キイン』を見たのは。
顔が見えない、これだと思いましたね。
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〔画像〕p163-1【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985

そのころ、親譲りの小金が少し残っておりました。
芝に私の親父が関係しておりました
紅葉館という非常に高級な料亭がございました。
明治三二年、
日本人による活動写真製作のはじめといわれる
『紅葉狩』、市川団十郎と尾上菊五郎出演が、
ここをセットとして撮影されたと、
古くからの女中からききましたが、
たしかめるすべはございません。

私のところへ東大英文科で、
川端康成、今東光らの
『新思潮』を出したいんだけれど、金がない。
三〇〇円要る、出してくれないか、
という話が知人からもちこまれました。
こっちは長唄を一生懸命やっているときで、
これという金も要りませんでしたから、
三〇〇円出したんです。

身もちが悪くて困っているという
仲間うちの評判だった今東光が、
袴をはいて私の家まで挨拶に来たことを覚えています。

その連中が武蔵野館で夢声の友達になって
しょっちゅう遊びに行っていた。
だから、話をしてくれと頼んだところが、
いいという。

夢声を紅葉館へ呼んで、
飲んでいる最中でした。
そこで私、夢声に初めて会って、
弟子入りを頼んで、オーケー。
これが昭和元年、正しくいいますと
大正一五年の一一月でございます。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/163
日本映画の誕生
講座 日本映画1(全7巻・第1回配本)
一九八五年一〇月二三日 第一刷発行
定価二八〇〇円
発行者 緑川 亨
発行所 株式会社 岩波書店
    〒101 東京都千代田区一ツ橋2-5-5
    電話03-265-4111
    振替東京6-26240
印刷・凸版印刷 製本・永井製本
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