【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
著者 今村昌平 [ほか]編
出版者 岩波書店
出版年月日 1985.10
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/3
―― 結構遅いみたいな感じですね。
福地 ですから、
もう遅いかなと思ったんですけれど、
別に夢声は遅いとも言いませんでした。
じゃ、武蔵野館へ遊びにいらっしゃい
というので行くときに、
年の暮になりまして、
大正天皇が崩御ということになった。
そのころ、一週間ごとに映画は
かわるんでございますが、暮は変えない。
その年の統計をとって、
一番大入りのレコードをつくったフィルムを蒸し返しで、
思い出のためにというので暮にやって、
そのかわりいい説明を必ずつけるというのを
やるならわしがあった。
夢声はそのときに
『救ひを求むる人々』という、
これはしかるべき大きな会社で
つくったんじゃないんです。
ジョセフ・フォン・スタンバーグという
当時無名の監督の『サルベーション・ハンターズ』。
夢声が大変好評だった。
それを暮にやったわけです。
〔画像〕p163-2【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/163
福地悟朗(昭和初年)
〔画像〕p164-1【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
その時の夢声というのは、愛酒家だとか、p163/189
豪酒家だといっているけれど、
私にいわせると暴酒家ですな。
くさってくると飲む。
ウィスキーであっても、焼酎であっても、
アブサンでアッテも、何でもいい。
寝られないから、
アダリン、カルチモン、ゼルナール、
ベロナール、劇薬をボリボリやりながら飲む。
そして指を突っ込んで吐く。
吐いた後、またラッパ飲みをする。
これを繰り返していました。
その『サルベーション・ハンターズ』を
やりましたのが大正一五年、
昭和元年になろうとする境目の日でした。
二五日。
初日に私遊びに行ってました。
「この名画をこの名説明で」と、
いっぱいの入りなんです。
私、一回目を見ていまして、
新聞には、「日本に初めてきたプロレタリア映画」と
――プロレタリア映画じゃないですよ。
弱虫だった青年が恋人をとられそうになって、
憤然として喧嘩をする、相手をのしちゃう。
何だ、おれ強かったのだ、というだけの映画です。
それを夢声がしゃべっている。
よけいなことしゃべらないで、
実にうまいなあ。
「とある港、別に変わったことのない、
不思議のない港、
太陽と泥と漂流する木切れ、
猫、骨をしゃぶる」
と小さな声でやって、
「飢えたる者」と力を入れる。
これは効くんですね。
これを夢声がやって大喝采。
ベロベロに酔っぱらって、酒をもってこい。
見習い君に酒をもってこさせて、
「もうダメだ、きょうは。帰る」
「帰るって、先生」。
次席に山野一郎という人気のあった人です。
「僕はこれはやらないよ、徳川さんでなきゃ、
この映画はもつ映画じゃないよ」
その次に石野馬城という人がいた。
これは浅草からきた人だった。
この人も「いや、私もご辞退いたします」。
それは辞退をするわけなんですよ。
それぞれ一城の主なんですね。
夢声と比較されるわけです。
こんなに違うのかなと思われたら
やりきれないですよ。
先生困りますよと、
支配人が泣きそうな顔をして、
どうしてくれるんだといったんです。
夢声は、「小野君、あんたやれ」
「エエッ」
「あんた、やれるよ。
さっき見ていただろう。
やれる。
やってごらん。
あの息なんだ。
最後だけなんだ、力を入れるのは。
『ウォッチ・ゼア・ウォーク』と
タイトルが出てるだろう。
『見よ、彼らが歩み行く姿を』
あそこだけなんだ。
あとはサラサラとやっておけばいい。
やってごらん。
とにかく帰る」と帰っちゃった。
みんな真っ青になりました。
めくらヘビという心理でしょうかね。
ええい、やっつけちゃえと。
それで真っ暗の中へ出まして
しゃべり出したところが、
説明台の下へかじりついて見ているファンがいるんですよ。
不思議な顔をして見ていましたがね。
むこうから顔は見えないから。
ところが、夢声だと思ってお客は聞いてくれて、
大喝采。
それで一日三回ですから、
あと二回またやったわけです。
それが第一回のお目見えです。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/164
日本映画の誕生
講座 日本映画1(全7巻・第1回配本)
一九八五年一〇月二三日 第一刷発行
定価二八〇〇円
発行者 緑川 亨
発行所 株式会社 岩波書店
〒101 東京都千代田区一ツ橋2-5-5
電話03-265-4111
振替東京6-26240
印刷・凸版印刷 製本・永井製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/186
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