【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
著者 今村昌平 [ほか]編
出版者 岩波書店
出版年月日 1985.10
https://dl.ndl.go.jp/pid/12437354/1/3
〔画像〕p165-1【講座日本映画 1 (日本映画の誕生)】1985
―― 福地さんは武蔵野館に五〇円の給料で入られますね、
それからだんだん
どこか館を移っていくわけですか。
福地 武蔵野とパレスかけもちから
シネマパレス専属になりましたときは、
一二〇円になりまして……。
―― それが何年ごろですか。
福地 昭和四年。
それでその年の暮れに、
高知の高等学校が、
大変映画熱の盛んなところでして映画観賞会をやる。
去年ドイツもののフランク・ムルナウの
『ラストマン』『最後の人』という
無字幕映画をやった。
夢声さんにきてもらおうと頼みにきたが、
忙しくて行かれない、
そのかわり代理として弟子の山天をさし使わす。
山天というのは山形天洋。
これはそもそもどういう人かというと、
夢声が葵館におりますときに、
臨官席にきていた警官なんです。
山形県の生まれなんです。
高知では徳川さんがやった通りやってくださいよ、
よけいなこと言わないようにと
釘をさされて非常に侮辱を感じたらしいけど行った。
それで今年は『ラ・ルー』というフランス映画、
これは日本名『鉄路の白薔薇』、
アベル・ガンスの長い名画なんです。
これが一本、もう一本は、
デンマークのホームドラマで、
『あるじ(ホスト)』これは一時間ぐらいの二本立て。
弁士は二人ほしいんだけれど、
高知に縁のある人はと調べてみると、あるある。
徳田秋声という文士のニセモノみたいな名前の男がいるが、
これは馬場弧蝶のせがれだ。
これは徳川夢声に憧れて徳田秋声なんていう名前をつけた。
これを呼ぼうじゃないか。
もう一人、福地悟朗がいい。
あれの親父は土佐の宿毛というところの出身らしい。
君行くかね。
行ってみよう、
高知っていいところらしいから
行きたいと思っていたから行きます。
じゃ、二日間だから行ってごらん。
二日間で一五〇円だった。
君は『あるじ』、
馬場君はアベル・ガンス、
『ラ・ルー』をやる。
で、行きまして、各女学校も観覧随意、この映画に限り。
ふだんは映画館には出入り禁止のころです。
それで二日やったわけです。
最初に私がずうっと『あるじ』をしゃべり、
あと二時間半ぐらいの長丁場を
徳田君がしゃべることになっていた。
しゃべれなくなった。
声が出なくなった。
彼はついことしの三月二三日に死にました。
私より若いんですよ。
これが声が出なくなったから
少し助けてくれというので、
私が少ししゃべった。
とうとう二日目は、二本とも私が全部やっちゃった。
私は不思議な弁士がいるもんだと思われたようです。
向こうの映画館のは皆関西式ですからね。
「東山三十六峰静かに眠る……」
ばっかりだから、
そこでそれこそ座談的な説明をする僕が受けました。
帰ってくると、高知へ一年でいいから
きてくれないかということになった。
夢声に相談したら、
一年ぐらいならいいだろう、
行っておいでよ、いいところだぜ、
カツオのたたきはうまいし、というんで、
幾らで雇うかというと、
二五〇円出させるという。
それで前金一つ。
こういうならわしがございまして、
新しいところへ雇われるときは前金というのがある。
それが給料と同じ。
二五〇円一つといえば二五〇円だけ。
三つといえば七五〇円になる。
これはバリュウによって違うわけです。
私に二月出すからきてくれ。
貧乏小屋だけどしんぼうしてくれというので、
昭和四年の暮れに向うから金を送ってきまして、
私はもう女房もっておりましたけれど、
一人で向こうへ行った。
一年で帰してくれるかと思ったのが
そうはいかないで、
フォックスから『進軍』というフィルム式トーキーが
やってくるまで向こうで。
いよいよ弁士のストライキです。
私が旗を振りまして、
争議をやっている最中に劇場が燃えてしまいました。
―― 何という映画館ですか。
福地 大山館。高知市内で
すぐ前に世界館というのがありまして、
これがライバルで、
向こうは金がうんとあるから
いい映画をどんどん入れるんですよ。
こっちはインチキ政治家が道楽に映画館をやっている。
金を出さないから、
パラマントにしても、
フォックスにしても、
いい映画を回してくれない。
火事になって大山館は焼けてしまい、
下足番に至るまでみんな警察に調べられました。
私だけ調べられなかったけれど、
仕方なく武蔵野館へ帰ったわけです。
帰ってきてびっくりしたのは、
トーキーの音の出ているところへ、
夢声と山野一郎氏が掛け合いで映画をやっているんです。
泣いても泣ききれなかったですね。
夢声はそのあと武蔵野をやめまして、
日本劇場でチャップリンの『街の灯』をやりました。
どういうわけか夢声が声をつぶしてしまって
ダメになりました。
吸入をかけたりして一生懸命しゃべったんですが、
うまくいかないので、
夢声を出しておいて、
声の出ないところを私がごまかして、
夢声の声帯模写でうまく切り抜けたことがございます。
それがもう映画とわれわれとの最後でしたな。
昭和九年一月でございます。
旧武蔵野館の内部
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日本映画の誕生
講座 日本映画1(全7巻・第1回配本)
一九八五年一〇月二三日 第一刷発行
定価二八〇〇円
発行者 緑川 亨
発行所 株式会社 岩波書店
〒101 東京都千代田区一ツ橋2-5-5
電話03-265-4111
振替東京6-26240
印刷・凸版印刷 製本・永井製本
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