【髪と女優】伊奈もと 著1961
著者    伊奈もと 著
出版者   日本週報社
出版年月日 1961
p3【髪と女優】伊奈もと 著1961
〔画像〕p3【髪と女優】伊奈もと 著1961
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   櫛を片手の私の半生
   (自叙伝をふくめて)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2493201/1/9

生まれは宮城県栗原郡若柳町で、
弟が一人の姉弟二人、
元来山けの多い父は世間によくある
相場や事業の失敗やらで
家庭は不和となり、
母と私を残して弟を連れ、
北海道で一旗挙げると言って生き別れ、
母と私は片田舎で細々と暮らしているうちに
ともかく小学校は終えました。

明治から大正にかけて、
東京の有名な「髪結い」には、
新橋の伊賀とら、
下谷の佐藤あき、
柳島の桑島千代、
などという人がいて、
いずれも花柳界をバックにしていましたが、
これに対して山の手を地盤としたのに
高木きく(あとに美髪学会設立)が
小石川伝通院にいて、
いずれも隆盛をきわめておりました。

いなかの小学校を出たばかりの私は、
なんとか東京に出、
将来名高い髪結いになりたいものと、
母を説得して一人東京に出てまいりました。
そして高木きくの門をたたき、
ようやく入門がかなったのでした。

田舎娘のこととて言葉はむろん、
櫛一つ使い方も満足にできず、
無我夢中の日が流れました。
厳しい徒弟生活は姉弟子に気がねし、
師匠の肩も人よりもよけいに叩き、
冬の日など、
赤ぎれや霜やけに悩みながら
血の出る思いで修業に修業を重ね、
歯を食いしばって技術の錬磨に明け暮れました。

たかが小学校程度の教育、
これではいけないと、
当時はやった通信教授の本に齧りついて
少しでも仕事のかたわら学問を覚えたいと、
石油ランプは使えぬため、
豆ランプの下でせっせと勉強もしました。
師匠のあとに従って大きなお邸へ髪結いに回り、
いまでも忘れませんのが、
海軍大将斎藤実さんのお嬢さまの髪の「下すき」、
これが私の外へ出て仕事をした初めてのものです。
p11【髪と女優】伊奈もと 著1961
〔画像〕p11【髪と女優】伊奈もと 著1961
https://dl.ndl.go.jp/pid/2493201/1/11
昭和36年1月5日 印刷
昭和36年1月7日 発行 二八〇円
著 者 伊那もと
発行人 湯川洋蔵
印刷人 松村 保
発行所 日本週報社
    東京都千代田区代官町一
    振替口座・東京九九〇六八
印 刷・明和印刷
製 本・江口製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/2493201/1/114
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