【東アジア史における国家と農民 : 西嶋定生博士還暦記念】1984
著者    西嶋定生博士還暦記念論叢編集委員会 編
出版者   山川出版社
出版年月日 1984.11
p3【西嶋定生博士還暦記念】1984
〔画像〕p3【西嶋定生博士還暦記念】1984
https://dl.ndl.go.jp/pid/12210650/1/3

  西嶋定生博士略年譜(一九八〇年四月まで)
一九一九年(大正八年)
 六月二五日、岡山縣阿哲郡本郷村(現在同郡哲多町)
 大字宮河内三八二番地にて、
 父芳太郎、母鶴代の次男として出生。

一九二三年(昭和七年)
 四月、岡山縣第二岡山中學校
 (現在の操山高校の前身)に入學。
 生家を離れて同校寄宿舎に入寮。
 八月、妹綾子生まれる。弟正篤病死。
 この年、同郷の上級生小野榮一郎の妹
 恒子(小學六年生)を知る。
 生意氣な子であった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12210650/1/9

一九四四年(昭和一九年)
 小野榮一郎 妹恒子と結婚。
 世田谷區世田谷二丁目に間借りし、
 ついで瀧野川區田端の建畠大夢氏遺宅
 アトリエ附屬の一室に轉居。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12210650/1/11

一九七九年(昭和五四年)
 六月一八日、
 義兄小野榮一郎、
 關西醫科大學附屬病院にて死去。
 翌一九日、長男昭生、
 妻子とともにカナダに留學する(一ヶ年)。

 同(六月)二三日、
 岡山市にて義兄の告別式を行う。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12210650/1/17
西嶋定生博士還曆記念
 東アジア史における國家と農民
定 価 一二、〇〇〇円
印 刷 一九八四年一一月一〇日
発 行 一九八四年一一月二〇日
編 者 西嶋定生博士
    還曆記念論叢編集委員会
発行者 野澤繁二
印刷所 明和印刷株式会社
製本所 山田製本印刷株式会社
発行所 株式会社 山川出版社
    東京都千代田区内神田一ノ一三ノ一三
    電話 〇三(二九三)八一三一(代)
    振替 東京(二)四三九九三
    〒一〇一
https://dl.ndl.go.jp/pid/12210650/1/309
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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【第六高等学校一覧 昭和10年至昭和11年】
  八、生徒氏名
   理科三年乙組
(第二岡山) 小野榮一郎  岡山

【第六高等学校一覧 自昭和12年至昭和13年】
  八、生徒氏名
   文科二年甲二組
(第二岡山) 西嶋定生  岡山
 ◎第三十四回卒業生(昭和十一年三月十三日卒業)
   理科乙類(二十七名)
京、工  小野榮一郎 岡山

【第六高等学校一覧 自昭和15年至昭和16年】
 ◎第三十四回卒業生(昭和十一年三月十三日卒業)
   理科乙類(二十七名)
京、工  小野榮一郎 岡山
 ◎第三十七回卒業生(昭和十四年三月十三日卒業)
   文科甲類(五十八名)
東、文  西嶋定生  岡山
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2022年02月15日05:50
小野栄一郎 応用熱力学 菅原菅雄監修
【防衛大学校図書目録. 昭和33年】
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年04月14日 19:03 ◆小野又一 小野栄一郎
[小野栄一郎より小野又一へ]
手紙-3/4-昭和47年(1972)1月23日
お便りに人生の80%をすぎたと書いてありましたが
小生自身は私に与えられた予定の200%も生きた気がします
身体の悪さによる心身の不快感のために
でも菅原先生のおかげで研究者の真似事も数年させてもらい
松葉杖をつきながらも高校の教壇に七年も上がったりして
今 別に思い残すことは先ずありません
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