【横浜共立学園120年の歩み】1991
著者 「横浜共立学園120年の歩み」編集委員会 編
出版者 横浜共立学園
出版年月日 1991.11
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/5
(3)ミセス・マリア・T・トゥルー
横浜のミッション・ホームへ
一八七三年(明治6年)、トゥルー 三三歳、
W・U・M・Sの中国北京の女学校の教師として
派遣され働いていたが、
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/40
翌七四年(明治七)年一月、
横浜のミッション・ホームに転任した。
トゥルーは、ホームのプライン、クロスビー、
ピアソン、ガスリー、ベントンと共に
二年間ホームの仕事をした。
トゥルーの日本語教師は井深梶之助であった。
日本の伝道活動、女学校の授業、
混血児養育などを体験した。
頭脳明晰な真摯なトゥルーは、
当時の生徒たち――
桜井ちか、岡見京(ケイ)、二宮ワカ、
加藤雅(まさ)などに
多くの影響を与えた。
明治九年(1876)一〇月、
ミッション・ホームを辞任して、
原女学校校主原胤昭(たねあき)の招きに応じて
東京へ行った。
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/41
5 明治期の生徒たち
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/72
加藤まさ(鈴木雅)
明治五年(1872)ごろ入学・
ホームでトゥルーに教わる。
鈴木氏と結婚した。
夫の病死後、
桜井女学校の看護婦学校に入り、卒業した。
英語力は抜群であった。
帝大医科大学の看護婦取締りをし、
『婦人衛生会雑誌』の編集もした。
一八九一(明治二四)年一一月、
「慈善看護婦会」(「東京看護婦会」)を創設した。
この会は日本における派出看護婦の最初のものである。
「衛生園」の委員もしていた。
菱川やす(安)
水上せき(井深せき)
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/74
横浜共立学園の歩み
発行日 1991年11月5日
編 集 「横浜共立学園120年の歩み」編集委員会
発行者 学校法人 横浜共立学園 神保勝世
〒231 横浜市中区山手町212
電話045(641)3785~7
印 刷 神奈川新聞社出版局
https://dl.ndl.go.jp/pid/13311903/1/206
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2023年08月16日04:45
《菱川ヤス》第一回の生徒として入學した人たち
【横浜共立学園六十年史】昭和8年
思ひ出を語る p137-138/212
(元北川)小島淸子
私は姉の北川晴子と弟の北川才太と三人で、
ミツショヨンホームが
山手四十八番に開設された
最初の生徒として入學したものでした。
私たちの外に
第一回の生徒として入學した人たちには
福澤先生のお孃さん達が三人、
又福澤先生のお姪御さんで福澤おきよさん、
井上馨(後の侯爵)さんのお孃さんが二人、
木脇お園さん。
この人のことを伯爵夫人と綽名して居ました。
中尾さん、名は何と言つたか覺えて居ませんが
何でも藝者をして居たとか云ふ事でした。
苗字は忘れましたが
お米さんと云ふ三十歳位の人も居ました。
菱川お安さん、この人は後醫師となつた。
更木お梅さん、更木お金さん、おひささん
などでした。
間もなく二百十二番に移りましたが、
移つてから入學した者のうちには
毛色の變つた人たちが居ました。
跛者のナイナと云ふ子、
顔は白人のやうであつたが
どうも外の血が混つて居たやうだつた。
この子はびつこだつたので、
何でもそのびつこを癒してやるんだと言つて
ミス・クロスビーはナイナを寝臺に縛りつけるとか
時々悲鳴を擧げて泣いて居たのを聞いた。
支那の金持ちの子でアネーと云ふ子も來て居た。
金持ちと云ふ事は
その母親が學校を訪問する時には
きつと馬車に乘つて來るし、
着物が大層よかつたやうに見へたから、
皆金持ちと言つて居た。
アリスとミネと云ふ姉妹も居た、
姉妹でもアリスの眼はブルーで
ミネの眼はブラツクだつたので
今でもこの兩人の事をよく覺へて居る。
おりようさん(後栗岡氏に嫁す)
加藤おまささん(後東京帝大の看護婦長となつた)
櫻井おちかさん(櫻井女塾を開いた)
井深おせきさん(井深梶之助博士の夫人)
おとりさん、
お角さん(後醫師になつた)
お貞さん、
おりやうさん
などであつた。
この二人は明治の初年
最初の女子海外留學生として米國に往つた。
上田てい子、吉松りよう子さんたちで
渡米後間もなく歸朝して共立に入つたのでした。
これらは開校當時の事で
明治四、五年頃の話ですが
それでも當時の社會に於ては
相當の身分のある人たちの子供たちが入學したのです。
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