【横浜山手:日本にあった外国】1977
著者 鳥居民 著
出版者 草思社
出版年月日 1977.6
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/3
最古の女学校 共立
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/50
この年(明治4年:1871)の六月に
三人のアメリカ人女性が横浜に上陸した。
メリー・プライアン、ジュリア・クロスビー、
そしてルイゼ・ピアソンという
連合外国伝道教会の宣教師だった。
この三人は上陸して最初の日曜日に
ヘボンの施療所の礼拝に参加した。
彼女たちはバラ牧師の世話で、
(明治4年)八月には山手四十八番に
「亜米利加婦人教授所」(現在の共立学園)を開いた。
ここは現在フェリスの構内となっている場所である。
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/51
翌一八七二年十一月(明治五年十月)に、
学校は山手二百十二番に移った。
前年にブラウン牧師が家を建てた隣りの地所である。
この四十八番と二百十二番に学んだひとりに
北川清子がいた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/52
ブラウンはベランダで新聞を読んでいた。
かれは植村が差しだした手紙を読むと、
立ち上って手をさしのべ、
「君、今日から月謝はいらぬ」と言った。
ブラウンは涙を流していた。
ブラウン塾の学生たちは
隣りの二百十二番の共立でも学んだ。
植村正久は語っている。
「ろうたけて威儀犯かすべからざる顔に
慈愛をたたえるプライアン女史が
押川方義、熊野雄七、
その他の日本の学生を集めて、
パウロ伝を読んできかせたものです」
1875年(明治8年)につくられたフェリス女学校
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/54
桜道が見えるところに住む岡富美さんは、
共立を二百十二番と呼ぶ古い卒業生である。
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1977年6月2日第1刷発行 1200円
著 者 鳥居 民
挿 画 小串世喜
装 幀 谷口正和
発行者 加瀬昌男
印刷者 春山宇平
発行所 株式会社 草思社
〒150 東京都渋谷区神宮前4の24の10
TEL(402)9505(代) 振替東京23552
印 刷 共立社
製 本 浦野製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/9522658/1/134
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