【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
出版者   内航ジャーナル
出版年月日 1995-04
p1【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
〔画像〕p1【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
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立田回漕店は大正十三年、
定期船の代理店で
自社桟橋を持つ宿毛桟橋として設立。
昭和四十年から自営セメントサイロと
自社バースを持ち、
宇部興産、日本セメントの製品管理、
陸上輸送をしている。
立田回漕店(立田弥栄子社長)は取扱業で、
貸渡業は
花菱汽船(立田雅弘社長、昭和四十四年設立)、
若宮汽船(立田敬二社長、昭和四十九年設立)
に分離している。

花菱汽船は立田回漕店のセメントサイロの関係から
宇部興産向けのセメント専用船(一、三四七D/W)を
昭和五十七年に建造、
山機海運が用船している。
若宮汽船は川鉄物流に
一、六〇〇D/W、一、〇九八D/W二隻を所有、
川鉄物流が鋼材運搬船として用船している。

立田回漕店グループではこの他、
京阪神地区で不動産業も営み、
貸しビルもある。

立田敬二社長(七十)は地元出身の二代目。
京都大学卒。
立田雅弘社長(四十)は敬二社長の長男で
同志社大学卒。
雅弘氏は小学校一年生のときから母親、
弟とともに京都で育ち、
父親の敬二氏が家業を継ぐため宿毛に
単身赴任していた。
雅弘氏は大学卒業後、
辰巳商会に勤め、
昭和五十六年末に立田回漕店に入社した。
当時は内航が不況のさ中で、
廃業も考えられたが、
セメント専用船の建造を契機に盛り返した。

敬二氏は宿毛商工会議所会頭、
全海運理事、などの公職が多く、
社業は三代目の雅弘氏が取り仕切っている。
p34【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
〔画像〕p34【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2025年11月18日05:00
立田敬二[少尉 京大経 立田回漕店(運輸)花菱(アパート、喫茶)]
【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
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