【流転の青春:中国人民解放戦争従軍記】1986
著者    横山甲子蔵 著
出版者   [横山甲子蔵]
出版年月日 1986.4
p1【流転の青春:中国人民解放戦争従軍記】1986
〔画像〕p1【流転の青春:中国人民解放戦争従軍記】1986
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/1

  ハルピン満州赤十字病院のこと
私はハルピン満赤病院には何の関係もない。
それなのになぜ満赤病院のことを書くのか。
それは後に私の生涯に大きな影響を与えることに
なるからである。
「ハルピン赤十字病院の最後・
 青春を犠牲に取残された従軍看護婦の記録」
の中から一部分を抜粋してみる。
(11) 昭和二十年(1945)八月八日、
   ソ連軍は突然ソ満国境を越え侵攻してきた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/97
ハルピン赤十字病院は、
関東軍の命令により病院長以下
全職員現地応召となった。
病院は関東軍野戦病院に編入された。
当院の看護婦は一一一名であった。
名簿別添(省略)
  -略-
(18) 梅林収容所に於ける救護活動、
昭和二十年(1945)八月三十一日、
梅林の入口附近にて
有田(浩吉)病院長を中心に露営した。
翌夕方露営地を出発、梅林収容地に向った。

此処は関東軍第五軍の材料廠のあった所で、
処々に点在する弾薬倉庫の中には、
もはや弾薬は何もなく広々としていた。

この倉庫の一棟が病院勤務者の宿舎となった。
昭和二十年(1945)の九月は六十年来の寒さで
土間の寒さが身に沁みて眠れなかった。
傷病兵の身の上が案じられた。

作業班により弾薬倉庫の一つひとつが、
それぞれ外科病棟・内科病棟・伝染病棟・
手術室・処置室・薬室等に改造された。

外科病棟、(手術室・処置室を含む)
有田(浩吉)病院長・
足立(道五郎)教育隊長・
看護婦長 俵ナカ(旧姓 大石)・七条シズ(旧姓 斉藤)・
看護婦 不動照子(旧姓 大木) 外九名、衛生兵十数名。

内科病棟、
安田(實)軍医・
看護婦長 太田善子(旧姓 中村)
看護婦 大井モンエ(旧姓 海野) 外十名、
衛生兵 佐々木班長 他十数名。

伝染病棟、
井橋(節太郎)軍医・
看護婦長 加川節子(殉職)
看護婦 森下東洋子 外十名、
衛生兵 上野班長 外十数名。

以上のような編成で
一応野戦病院としての形が整った。
この野戦病院において一面波陸軍病院の戦傷兵を
引き継ぎ救護に当った。
(中略)
間もなくソ連軍の命令により
牡丹江の収容所へ移動することになり、
梅林の救護活動を終えた。
しかし相当数の犠牲者の出たことは実に残念であった。

(19) 牡丹江収容所に於ける救護活動、
昭和二十年(1945)十一月
梅林収容所より牡丹江収容所へ移動した。
(中略)
牡丹江第一陸軍病院はすでに焼けて
使用不能になっていたために、
私どもはその焼跡を修復して
関東第五七陸軍病院を開設した。
(これを五七院と呼ぶ 筆者註)
病院における勤務員の配置は
梅林収容所と同じであった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/98
流転の青春 横山甲子蔵著
頒 価 4,000円
「流転の青春」
 中国人民解放戦争従軍記
1986年3月30日 印刷
1986年4月15日 発行
著 者 横山甲子蔵
〒399  長野県松本市芳川小屋256-9
    TEL 0263-58-9203
印刷所 中信凸版印刷株式会社
〒390  長野県松本市城西1丁目2-2
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https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/242
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