【流転の青春:中国人民解放戦争従軍記】1986
著者 横山甲子蔵 著
出版者 [横山甲子蔵]
出版年月日 1986.4
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/1
私たちは日本人だけで院内報を作ることにした。
その中に私は忘れ得ぬ一首を見つけた。
為傷病 口にはやすし 吹雪く夜を
看(み)とりにいで行く 同志(とも)は尊し。
護士 野村都己さん(現足立先生夫人)の作だった。
(先日このことを足立夫人にお話したらすっかり忘れていた)
この一首に当時の私たちの心情がよく詠まれている。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/120
新鄭のひととき
第二後方病院には、
技術のすぐれた先生方がおったので、
護士の学習にはこと欠かなかった。
私も護士たちの中に入って、
足立(道五郎)先生や太田先生の講義に耳を傾けた。
統計護士といえども、
医療技術の学習は欠かせない大事なものだった。
初年兵のころ、
懸命に覚えた衛生兵の知識は大半忘れていた。
新鄭で勤務替えが行われ、
太田先生が三所から一所の主治医生に、
そして足立(道五郎)先生が三所の主治医生になった。
私は、足立(道五郎)先生の下で働くことになった。
足立(道五郎)先生は、
元ハルピン第五七陸軍病院の軍医であり、
また教育隊長でもあった。
牡丹江で第二後方病院が編成された時から一緒だったが、
その下で働く機会はなかった。
先生は、そのすぐれた医師としての技術だけでなく、
温厚な人柄と、誠実な工作態度は、
ひとり日本人だけでなく
中国人同志からも
「足立大夫、足立大夫」と尊敬され、
また院長・政治委員はじめ中国側幹部から
深く信頼されていた。
足立(道五郎)先生は、
太田先生やそのほかの日本人医生とともに、
この病院を支える太い柱の一本であった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/146
結 婚
足立(道五郎)先生と護士 野村都己さんは、
開平にいたころ既に結婚していた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/156
流転の青春 横山甲子蔵著
頒 価 4,000円
「流転の青春」
中国人民解放戦争従軍記
1986年3月30日 印刷
1986年4月15日 発行
著 者 横山甲子蔵
〒399 長野県松本市芳川小屋256-9
TEL 0263-58-9203
印刷所 中信凸版印刷株式会社
〒390 長野県松本市城西1丁目2-2
TEL 0263-32-4209
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/242
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「医生」、「護士」など中国語が混ざっています。
ソ連や国民党、共産党など、
大変な状況だったのでしょうね。