【流転の青春:中国人民解放戦争従軍記】1986
著者 横山甲子蔵 著
出版者 [横山甲子蔵]
出版年月日 1986.4
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/1
九江第六陸軍病院との別れ
九江の生活は私たちが解放軍に従軍してから
最も落ちついた、
また変化の多かった時代であった。
九江に来るまでは、
ひとつ所に長くても一年足らずで、
戦況の進展につれて移動移動の連続だった。
ここに来てようやく少し落ちついた。
社会情勢も変化した。
私たちにとってなんといっても
一番大きな変化は、
軍服を脱いで薪金制になったことだった。
そして結婚し子供も生れた。
これは私の人生にとっても最大の変化だった。
九江第六陸軍病院ここは私たち夫婦にとって、
いや私たち夫婦だけでない
ここで結婚した人々にとっても、
終生忘れることのできない
結婚生活の思い出の地になった。
「新婚生活」、それはその形式内容がどうあれ、
人間にとっては新しい人生の出発点として
深い意義があった。
こうした異境で、
このような環境の中での新婚生活であっただけに
尚更その意義は深かった。
一九五二年(昭和27)五月
平井出副院長・足立(道五郎)先生・太田先生
はじめ医生と大井民幹、
そのほか主だった医療技術者を残して、
半数の日本人はまた泰和へ移動することになった。
この時期にきて私たちを江西省の山奥にある泰和に、
それも全員ではなく護士や文書・工務員といった
比較的軽い職務にあった者だけを移動させたことに、
どんな理由があったのかいまでも私には理解できない。
だが、帰国の時期が近づいていることだけは分っていた。
泰和へ移動を命ぜられた者は、
命令のままに小さな船で@江を遡り泰和へ向った。
太田先生・足立(道五郎)先生そのほか
敗戦のときから、
或はまた第二後方病院が編成された時から数年、
牡丹江から雷州半島まで解放戦争に従事し、
そして再び東北へ、
さらにこの九江まで苦楽を共にしてきた
同志たちと別れなければならなかった。
特に太田先生・足立(道五郎)先生には
ほんとうにお世話になりました。
太田先生には
牡一の初年兵の時から衛生兵教育だけでなく、
学問も才能もない私は教えられることばかりでした。
足立(道五郎)先生には
妻 宮川トシ子が
やはり敗戦の時から、
五七院でお世話になってきた。
個性がはげしく欠点の多い私は、
この二人の先生のご指導と感化によって、
どれほど成長してきたことであろうか。
それを思えば感謝の気持ちで一杯だった。
そしてまた「すばらしい人生の師」を
得たことを幸せに思った。
涙もろい私は止めどもなく涙が流れた。
「生者必滅・会者定離」、
会った以上別離はまた定めでもあった。
「先生、みなさん、無事帰って下さい。
日本でまた会いませう。」
そう言って別れた。
病院では別れを惜しみ送別会を開いてくれた。
思えば二年近く[遊]院長・[李]政治委員・[白]主任、
よく𠮟られた[王]護理科主任、
温厚な[寥]先生、
日本語の分る[王]先生、[張]士長、
みなさん親切に私たちの面倒をみてくれた。
謝々、再見、再見
(ありがとう、さようなら・さようなら)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/175
病院の正門に通じる通路の両側には
プラタナスの若葉が五月の陽を受けて緑に輝き、
その下に傷の癒えた傷兵たちが手を振って見送ってくれた。
昨年の今ごろは重い傷を負って
遠く朝鮮戦線から送られてきた負傷兵たちも、
私たちの献身的な治療看護の甲斐あって、
いまはこうして外を散歩できるまでに
快復している者も多くなった。
ほんとによかった。
嬉しいことであった。
「你們身体健康吧」
(あなたたち身体を大事にしてね)。
看とったもの看とられた者、
その立場は違っても
一年間も同じ病棟の中で生活していれば、
民族の違い言葉や習慣の違いを乗り越えて、
そこには人間対人間の愛情と信頼が
生まれてくるのであった。
もう二度とこの人たちと会うことはないだろうが、
どうか何時までも元気でいてほしい。
そう心に念じながら九江陸軍病院を後にした。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/176
流転の青春 横山甲子蔵著
頒 価 4,000円
「流転の青春」
中国人民解放戦争従軍記
1986年3月30日 印刷
1986年4月15日 発行
著 者 横山甲子蔵
〒399 長野県松本市芳川小屋256-9
TEL 0263-58-9203
印刷所 中信凸版印刷株式会社
〒390 長野県松本市城西1丁目2-2
TEL 0263-32-4209
https://dl.ndl.go.jp/pid/12177141/1/242
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