【ありし日々:ハルビンの光と陰】1988
著者 ハルビン中学十期会 編
出版者 ハルビン中学十期会
出版年月日 1988.11
https://dl.ndl.go.jp/pid/13139294/1/3
哈爾浜駅
https://dl.ndl.go.jp/pid/13139294/1/4
忘れがたきこと
平川良子(旧姓 窪田)
ハルビンで迎え、
ハルビンで送った敗戦の日々は、
勘定してみれば一年余であったが、
私の人生においては、
最も苦しく、
そして長く感じられたものである。
とりわけ、
ソ連軍兵士の相次いだ侵入と略奪の恐怖は、
思い出すと今でも身体中に戦慄が走る。
我が家は四ツ角に面していたから、
彼らの格好の目標になった。
一日に幾度となくご到来いただいたのである。
「ダワイ、ダワイ」とわめきながら、
数人一組でドヤドヤと入り込んでくる。
食堂で食事をしている母の肘かけ椅子の
あちこちにナイフを突き立てながら
「カナイ、カナイ」と叫ぶ。
子供の私たちは、
母が今にも刺されるのではないかと
生きた心地もなく見守った。
母は、まだ三十歳半ばだったが毅然として
「家内は私です」と答えた。
「カナイ」とは
「カネ」のことだと気が付くまで
しばらく時間がかかったのであった。
父は、その年の五月に召集されていた
(父は、それきり帰ってこなかった)。
体格のよかった父の洋服が彼らの気に入った。
タンスの抽き出しは、ひっくり返され、
戸棚はかきまわされる。
度重なると片づけるのがいやになってくる。
「どうにでもしてくれ」
といった気持ちになるのだった。
囚人兵の坊主頭に、
壁にかけてあった三味線が落ちて当った。
痛がる兵隊を見て大笑いした弟に、
その兵隊がマンドリン銃を構えた。
その目つきのすごさに気付いた私は、
あわてて弟を抱きかかえ、
そこにうずくまった。
誰が呼んだのだろうか。
略奪の最中にソ連軍の将校がかけつけた。
兵隊たちは逃げ去ったが、
隣室のダブルベッドが、
その将校の目にとまった。
将校のご指令が下った。
「ベルを三回鳴らして休んで、
また三回鳴らすと私たちだ」。
その通りにベルを鳴らして、
背の高いロシア美人と
将校が訪れてくるようになった。
彼らが、その部屋に閉じこもると、
私たち子供は離れの部屋に追いやられた。
母や祖父は、
思春期にある私や妹に、
ひどく神経をとがらせたとは、
後年になって聞かされた話である。
その将校のおかげで、
その後、略奪部隊の侵入はなくなったのだった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/13139294/1/11
ありし日々 ハルビンの光と陰
昭和六十三年十一月一日
編集発行 ハルビン中学十期会
幹事 江島 滉
同 砂村哲也
〒363 埼玉県桶川市上日出谷1322-14
電話0487-86-0654
https://dl.ndl.go.jp/pid/13139294/1/23
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