【日本国民誌:開国七十年紀念 人物篇】昭和9年
著者 梶威人 著 [他]
出版者 万朝報社調査部内日本国民誌編纂局
出版年月日 昭和9
https://dl.ndl.go.jp/pid/1215640/1/4
《人見鹿太郎氏》
安政六年十月十六日生 ※1859年11月10日
京都府中京區聚樂廻西町一六五
人見家は府下南桑田郡馬路村に發し
其の以前は楠正成時代より武門として
相継承すと傳ふるも詳記せるものなし
人見姓は埼玉縣人見村より出でたりといふ
明治維新當時は勤王黨として活躍す
當主 人見鹿太郎氏は少時寺子屋にて學び
十七歳の頃大志を抱きて京都に上り
漢學を學び間もなく郷地に歸り
二十五歳の頃北海道に渡り
未開地の開拓に努むること三年
成果を人に譲りて京都に歸り
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年03月23日16:11
[小北甚之助]:【移住者成績調査】
※B 郷里の友人、「人見鹿太郎」なるものと諮り
両人の名義にて同年四十五町歩の貸付を受け
三十歳の頃家に傳ふる田畑を金に代え
將來の發展を目睹して現地を買入れ
籔十軒の貸家を建築し
自ら湯屋を開業す
人見温泉として著名なり
又近所に市場を設立する等
先見の明に加ふるに果斷よく之を就して
一躍今日の財を成すに至る
大正十年(1921)頃よりは
朝鮮の未開地九百町歩を買入れ
目下水田となし米作の収穫も大なるものあり
業餘公共に盡すところ多く
村會議員たること長く
現に公同衞生組長としてあり
趣味として文學讀書旅行農事開拓等たり
家庭には糟糠の妻として
貞淑にして賢明を謳はる
タカ子夫人との間に三男あり
共に英明の子弟にて父君を助け
地方開拓等に志し
現に朝鮮の開拓に當る
https://dl.ndl.go.jp/pid/1215640/1/451
昭和九年五月廿六日 印刷
昭和九年五月卅一日 發行
編纂代表竝 中澤宇三郎
發行人 東京市杉並區馬橋町百六十七番地
著 者 梶 威人
印刷者 中村 光治
東京市神田區今川小路一丁目六番地
發行所 萬朝報社調査部内
日本國民誌編纂局
東京市京橋區銀座二丁目三番地
印刷所 中村印刷所
https://dl.ndl.go.jp/pid/1215640/1/549
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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【公娼廃止請願書写】明治23年12月
著者 人見鹿太郎 著
出版者 人見鹿太郎
出版年月日 明23.12
明治廿三年十二月八日印刷並出版(非賣品)
著作兼發行者 人見鹿太郎
京都市上京區下立賣通千本東入
田中町四十二番戸
印刷者 山鹿福三郎
京都市上京區烏丸通三條上ル
場之町三十三番戸
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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