【岩崎革也年譜 (Discussion paper series ; no.2)】1993
著者    太田雅夫, 森本啓一 [著] [他]
出版者   桃山学院大学教育研究所
出版年月日 1993.10
p1【岩崎革也年譜】1993
〔画像〕p1【岩崎革也年譜】1993
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 岩崎革也年譜
-付 革也略伝・革也宛書簡一覧-
   太田雅夫
   森本啓一
 1993(平成5)年9月22日 受理
 1993(平成5)年10月13日 発行
編集発行 桃山学院大学教育研究所
   〒545 大阪市阿倍野区昭和町3-1-64
   TEL 06(621)1181(代)
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 ▲京都府船井郡丹波町須知の岩崎家
p3【岩崎革也年譜】1993
〔画像〕p3【岩崎革也年譜】1993
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 『岩崎革也年譜』の作成にあたって
1993(平成5)年の本年は、
1903(明治36)年10月27日に幸徳秋水と堺利彦が、
「平民社」の結社届出をし、
11月15日に週刊『平民新聞』創刊号を発行してから、
満90年を迎える記念すべき年である。

また、平民社に関係した人物でいえば、
田中正造の没後80年、
大杉栄の没後70年、
平民社の中心人物であった
堺利彦の没後60年でもある。

さらにもう一つ加えるならば、
本年譜の主人公、
平民社の財政的援助者として有名な
岩崎革也の没後50年に当るのである。
 -略-
もう一つは、
明治大学法学部教授山泉進
「観音峠を越えて一秋水と秋月-」
 『初期社会主義研究」
第5号(1991年12月刊)の論文である。

これは、塩田庄兵衛編
『増補決定版 幸徳秋水の日記と書簡」
(未来社、1990年4月刊)に収録 
(秋水の革也宛ハガキのみ収録) されていない、
封書を中心とした
岩崎革也宛の幸徳秋水・幸徳千代子書簡計16通
(生前坂本清馬が秋水の筆をまねて模写されたもの)
を紹介し、
平民社時代の幸徳(秋水)と革也(秋月)を
新しい視点から論じている。
そして、
「遺族宅に原本が存在しているものと考えられる」
と記したのである。

私も初期社会主義の研究を志してより、
岩崎革也という人物に強い関心を抱きつつも、
調査を行なうことなく、すでに
『初期社会主義史の研究-明治30年代の人と組織と運動-』
(新泉社、1991年(平成3年)3月刊)を出版した。

山泉論文を読むことによって、
もう一度岩崎革也の関心を呼びおこし
衝動にかられていた。

丁度そのとき、
偶然にも私の知人宅間恒子氏が、
岩崎長氏宅の隣家岩崎純一氏と
親戚であることを知ったのである。

さっそく岩崎純一氏を紹介していただき、
1992(平成4)年初春に書面にて、
岩崎革也関係資料の調査をしたいので、
岩崎長氏と交渉して下さるよう依頼を申し上げた。

その結果、1992(平成4)年2月末に直接、
当主の岩崎長氏から電話をいただき、
当分の間多忙が続き、
未だ充分に資料の整理もできていないので、
改めて連絡しますとの返答をいただいた。

1992(平成4)年6月初旬、
森本啓一氏(伊丹市収入役)から電話があり、
「今日、須知の岩崎長氏宅へ行き、
 長氏とお会いし、
 先生の書簡などを拝見しました。
 実は私の長男と長氏の三女とが
 今年の3月結婚しましたので、
 岩崎革也について関心をもち、
 先生の著書や『初期社会主義研究』第5号など
https://dl.ndl.go.jp/pid/13265411/1/7
 を購入して読んでいるところです。
 長氏から太田先生に6月か7月中に
 調査に来ていただいて結構ですとのことでした。
 その節は私も同道いたします。」
という誠に嬉しい伝言であった。
聞けば森本氏は、
私の出身大学法学部の後輩でもあるという。

折角の機会でもあるので当主の岩崎長氏の了解をえて、
山泉教授と同志社大学人文科学研究所
田中真人教授にも参加していただき、
夏季休暇に入った
1992(平成4)年7月25・26日の2日間にわたる

岩崎革也探訪の旅となったのである。
3人とも年来の夢が叶うという喜びに溢れ、
25日は、園部町の石川楼に宿泊し
議論に花を咲かせた。
このときの田中教授の話は、
「観音峠越えの前夜」『初期社会主義研究』第6号
(1993年1月刊)に収録されている。

翌朝、私たちは、森本氏の出迎えをえて車で須知へ向った。
途中、観音峠にさしかかったさい下車し、
今を去る72年前、新年の厳冬のなかを、
堺利彦が歩いたという観音峠の旧街道を
往時を思い浮かべつつ少しの行程歩いてみたのである。

須知の岩崎革也旧邸は、
築後100年は経つというのに
往時を偲ぶにふさわしい富豪の邸であった。

最近の伝聞によれば、
旧邸を高速道路が貫通するために、
数年後にはその姿を消さざるをえないということで
誠に残念である。
 -略-
貴重な資料の損傷を防ぐためにも、
これらのマイクロフイルム化を、
岩崎長氏に強くお願いをし、
当面、森本啓一氏に協力を依頼し、
書簡のリスト作成に全力を挙げることとした。

その後、丹波町須知茶ノ木山にある革也の墓に詣でて、
岩崎革也旧邸をあとにした。

この二日間は、実り多き探訪の旅であったと
いわざるをえない。

森本氏のご努力により
「秋月文庫 岩崎革也宛書簡集仮目録」が完成し、
岩崎長氏も快く私たちの意図するところを
お汲みとりいただき、
マイクロフイルム化の承諾を与えて下さったのである。
幸いにも、田中教授のご尽力により
同志社大学人文科学研究所で、
マイクロフイルム化の費用を負担して下さることになり、
ようやく実現する運びとなった。

「『秋月文庫』(岩崎革也宛書簡集およびその他資料約600点)
 マイクロフイルム化に関する覚書」を、
岩崎長氏と岩崎革也研究会(田中真人・山泉進・太田雅夫)
との間で交換し、
1992(平成4)年12月15・16日の2日間、
田中教授と私は再度、革也邸を訪れて
マイクロフイルム化の作業を終えたのである。

私は、今後の岩崎革也研究の基礎資料として、
「岩崎革也年譜」の必要性を感じ、
森本啓一氏との共同作業で作成にとりかかり、
一応未定稿ながらここに
「岩崎革也年譜」の完成をみたのである。
 -略-
『岩崎革也年譜』を、平民社創立90周年記念として、
また、岩崎革也没後50年の10月13日付で発行でき、
岩崎革也の霊前に捧げることに幸せを感じるのである。
  1993(平成5)年10月1日
  太田雅夫
https://dl.ndl.go.jp/pid/13265411/1/8
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