【維新経済史の研究 (近世土佐藩経済史研究 ; 第4) (市民叢書 ; 12)】
著者    平尾道雄 著
出版者   高知市立市民図書館
出版年月日 1959
p3 (近世土佐藩経済史研究 ; 第4) 1959
〔画像〕p3 (近世土佐藩経済史研究 ; 第4) 1959
https://dl.ndl.go.jp/pid/3030273/1/3

   三 家老の商法
東京商法局にせよ、
開成館貨殖局にせよ、
いずれも高知藩の商事活動の
積極性を示すものであるが、
他方山内家家老のうちにも
これに追随するものがあった。

宿毛の伊賀氏がその領内物産を
大阪に移出したごときがその一例で、
このことは伊賀氏の臣
竹内綱の自叙伝に詳説されている。

竹内綱は家老伊賀氏の世臣で
慶応元年(一八六五)五月十日
宿毛の仕置役に任命せられたが、
領内物産の移出振興を計画して
仕置役小頭 立田弥一郎(※立田強一郎=小野義真)、
物産方下役 小野節吉(※小野梓の実父)を同伴、
翌(慶応)二年(一八六六)一月十八日
宿毛を出発して二月七日大阪着、
長堀高橋屋次助方に滞在した。

大阪商人に縁故がないので
本藩の蔵屋敷在役 石川石之助、
及び土佐物産売捌き開始のため出阪していた
開成館頭取 武藤清(颿)の援助を求め、
その紹介で高知藩用達
炭屋彦五郎、辰見屋源助、銭屋文助、
三家の番頭と協議してその方法を決定した。

第一には宿毛物産の売捌引請け、荷為替の取組、
紙は紙問屋、材木は材木問屋と
それぞれ問屋との約定をとりきめ、

第二は宿毛物産輸送に対しては
船問屋淡路屋市郎平から
五百五十石積帆船一艘を買い入れて宿毛丸と命名、
一艘は淡路屋の所有船で運送することに決定、

第三には辰見屋源助から
道頓堀塩見橋北詰に三百余坪の地所、
一棟の事務所、
七棟の倉庫を購入して
宿毛蔵屋敷を設置することになった。

蔵屋敷、運送船の購入資金二千両は
炭屋彦五郎から借用し、
小野節吉(※小野梓の実父)を蔵屋敷詰として
その基礎が出来たので
竹内綱は立田弥一郎(※立田強一郎=小野義真)と
新しく購入した宿毛丸に便乗、
四月二十日大阪を出帆して五月三日宿毛に帰った。

 ※小野節吉:慶応2年7月喀血 慶応2年12月29日没
  【小野梓伝】昭和10年
  著者    西村真次 著
  出版者   冨山房
  出版年月日 昭和10
  https://dl.ndl.go.jp/pid/1232677/1/22

伊賀家の商法はその後順調に発展し、
竹内綱は北越方面の戦争に参加したが、
帰還早々瀬戸内海航運事業に着手した。

これも好調だったが、
明治二年(一八六九)七月
藩命によって宿毛蔵屋敷を廃止し、
営業も断絶するの余儀なきに至ったのである。
https://dl.ndl.go.jp/pid/3030273/1/111
維新経済史  市民叢書 12
昭和34年5月25日 印刷
昭和34年5月31日 発行  定価430円
著 者 平尾道雄
発行者 渡辺 進
印刷者 谷内印刷工業株式会社
発行所 高知市立市民図書館
    高知市帯屋町
    振替徳島15276 電話②2501
https://dl.ndl.go.jp/pid/3030273/1/118
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宿毛市史【近世編-幕末と宿毛-幕末の宿毛の動向】
財政整理と大阪宿毛蔵屋敷
慶応元年(1865)5月10日、
竹内綱は仕置役を命ぜられた。
綱は宿毛領内の物産の輸出を計画して、
慶応2年(1866)1月18日、
仕置役小頭立田強一郎(後の小野義真)
物産方下役小野節吉(小野梓の実父)を伴って宿毛を出発、
陸路を通って2月7日大阪着、
長堀高橋町平野屋次助方に滞在した。
(『竹内綱自叙伝」より)
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