【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
出版者   朝鮮公論社
出版年月日 1913-09
p1【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
〔画像〕p1【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
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  日鮮同化の魁 鮮夫日妻 評判記
              欣草生
  (一)醫師 安商浩君
  ……由來多幸な男……
  ……花の如き川口磯子さん……

◆試みに南大門内の一點より金參錢を投ぜよ。
東大門行電車は京城の一大動脈たる
南大門通を五分間にして縦貫し、
更に一轉して、
第二の大動脈たる東大門通を驀進する。

行くこと一分にして、
累々たる朝鮮家屋の連互せる間に、
一段高く、
古色稍蒼然たる正方形の一西洋館が見える。

扁して曰く、
醫學得業士、安商浩。

更に試みに扉を排して診を乞(もと)めよ。
痩身小軀、短髪赭顔、
痘痕斑々として風彩の頗る擧らない一國手が、
淸洒たる白衣に身を纏うて、
欣然として迎へ、
極めて打解けた態度で、
先づ「御容體はと」問ふであらう。

言葉から態度から、
尠(すこ)しも日本内地人に違はない。
是が醫學得業士安商浩 其人である。

◇君は當年四十歳の働盛り、
曾て東京に遊び、
高木兼寛男の慈惠院醫學校に學び、
明治三十三年五月及明治三十五年五月の兩度に於て、
内務省醫師開業試驗の前期及後期を、
抜群の成績で合格し、
醫學得業士の稱號を得た。

歸來現時の處に開業し、
朝鮮に於ける刀圭界の先覺者として
君獨特の外科刀を揮(ふる)ひ、
從來の人蔘醫者をして顔色なからしめた。

君は朝鮮人には稀有(めずら)しい才氣溌溂で、
又非常な勤勉家である。
一年三十有六旬、
君の門前市を爲すのも故なきでない。

◆君の夫人、川口磯子さんは、
長州馬關の産で、
當年二十七八歳の美人である。

茲に窈窕なる磯子夫人に就て、
何人も羨むお目度い逸話がある。

◇安君は由來多幸な男で、
君が首尾よく醫學得業士の免狀を握つて、
愈々慈惠醫院の醫師となり、
尚ほ斯學の研究に餘念なかつた頃、
丁度現時の李堈公殿下も等しく
東京の別邸に在つたので、
君は高木男爵の推薦で、
同殿下附の醫師に聘せられた。

多幸なる安君が、
殿下附の醫師として、
殿下の健康を一身に引受け、
專ら過失なからん樣にと献身して居た頃
一方同じ殿下の上女中と云うふ名義で、
朝夕殿下の御身の廻一切の事を
お世話して居た二十二三の美人があつた。

今迄解剖だの黴菌だのと、
顯微鏡の底ばかりを覗いて居た
安君の眼球の水晶體を透して、
茲に端なくも美しい婦人の姿が、
異樣の尊き輝きをはなつて
視神經を刺激し、
奇しくも安君の心臓を躍らせた。

常に科學の論定から宇宙の萬有を赤裸々にし
盡さずんば已まざる安君の勇氣を以てするも、
猶且つ此の奇しき物體に一指だも染むることを得ず、
是に於て遂に宇宙の不可解を感じたかどうか
それは知らぬが、
果斷家の安君は遂に決心した。

そして一日殿下の御機嫌よき日を待つて、
彼れは明瞭に意中を言上し、
殿下の寛大なる御處置を懇請した。

殿下にはいと粹に渡らせられ、
諾と云つて微笑を給ふた。
安君は果報な男である。

斯くて明治四十年春三月、
名にし負ふ壇の浦の浦風靜かに、
女波男波の語らひ嬉しく、
花の如く美しい婦人は、
奇才安商浩君の腕に微笑んだ。

安君と磯子夫人は、
斯んな嬉しい運命の糸に繋がれて、
同穴の契りを結んだのである。

◆斯くて戀女房たる磯子夫人は、
佯(いつわり)なき貞操を安君に捧げた。

學成り戀亦成つた安君は、
滿腔の愛を磯子夫人に捧げた。

軈(やが)て貞淑なる磯子夫人は、
花の如き絹子さんと
玉の如き正浩君との一女一男を擧げた。

勤勉なる安商浩君の診察室は、
日に月に榮えた。
二三年の内に宅地も出來た、
田地も出來た。

絹子さんは當年五つで正浩君は二つだ。
純日本内地式に養育されて愛らし盛り、
此頃は内地から祖母さんも見えた。
※写真《京城の辯護士 崔鎭君》
p63【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
〔画像〕p63【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
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祝朝鮮公論發展
京城中部大寺洞二十九統八戸
辯護士 崔 鎭
(電話九七七番)
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大正二年八月二十六日印刷納本
大正二年九月  一日發行
編輯兼 中村初五郎
發行人 東京市京橋區新榮町三丁目壹番地
印刷人 武井 万二
    東京市小石川區小日向臺町三ノ七七番地
印刷所 日本印刷株式會社
    東京市神田區三崎町三丁目一番地
    電話本局一八四〇・一八九八
發行所 朝鮮公論社
    東京市京橋區加賀町二番地
    電話新橋二六〇番
總支社 朝鮮公論總支社
    京城太平町
    電話二三九八番一〇七〇番
朝鮮大賣捌所 -略-
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日刊 日本電報通信
京城太平町 電話二三九八番一〇七〇番
株式會社 日本電報通信社支社
支社長  牧山耕藏
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天下の兩切紙巻煙草
   パイレート
輸入元 京城 平壌 釜山
英米煙草株式會社
p83【朝鮮公論 1(6);9月號】大正2年(1913-09)
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