◆小野義真

TATEDA GROUP(立田グループ)代表取締役 立田雅弘氏 四国銀行広報誌2019年7月「宿毛桟橋株式会社」

四国銀行広報誌 四銀 経営情報
四銀地域経済研究所
2019 7 No.169
四国銀行広報誌2019 7No.169p1
〔画像〕四国銀行広報誌2019 7No.169p1

第36回 TATEDA GROUP(立田グループ)
代表取締役 立田 雅弘氏
(取引店:四国銀行宿毛支店
四国銀行広報誌2019 7No.169p3
〔画像〕四国銀行広報誌2019 7No.169p3

立田義衛は、同社から宿毛での代理店と
船荷証券(B/L)発行を委託され、
港に隣接する土地を手に入れて荷役用地とし、
桟橋を建設して
「宿毛桟橋株式会社」を創業しました。
この設立日である大正13(1924)年12月13日を
立田グループの創立日としています。
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【官報 1925年01月27日】大正14年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正14年
◎株式會社設立
一 商號 宿毛桟橋株式會社
一 本店 幡多郡宿毛町大島千八十六番百六十三號地
一 目的 桟橋業竝ニ附帶事業トシテ貨物運搬仲仕
一 設立 大正十三年十二月二日
一 資本總額 金三万圓
一 一株金額 金五十圓
一 各株拂込額 金十二圓五十錢
一 公告方法 本社店頭ニ掲示
一 取締役ノ氏名住所
  立田義衞 幡多郡宿毛町大島千八十六番四十二號地
  高橋嘉吉 幡多郡宿毛町宿毛四百四十一番地
  小野熊治 幡多郡宿毛町樺二番屋敷ノ二
一 監事ノ氏名住所
  大黑亀吉 幡多郡宿毛町大島千八十六番六十五號地
一 存立時期 滿二十年
大正十三年十二月十三日登記
  中村區裁判所宿毛出張所
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【官報 1926年08月05日】大正15年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 大正15年
◎宿毛桟橋株式會社變更
一 取締役 高橋嘉吉ハ大正十五年四月十六日辭任シ
  同日左ノ者 取締役ニ就任ス
  取締役 小野是一郎
      幡多郡宿毛町宿毛四十八番屋敷
大正十五年四月二十三日登記
  中村區裁判所宿毛出張所
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2023年02月24日11:13
《宿毛桟橋株式會社》立田義衛 小野信實 黒岩安次
【官報 1932年09月01日】昭和7年
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立田回漕店(立田弥栄子社長)花菱汽船(立田雅弘社長)若宮汽船(立田敬二社長)【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)

【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
出版者   内航ジャーナル
出版年月日 1995-04
p1【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
〔画像〕p1【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2881061/1/1

立田回漕店は大正十三年、
定期船の代理店で
自社桟橋を持つ宿毛桟橋として設立。
昭和四十年から自営セメントサイロと
自社バースを持ち、
宇部興産、日本セメントの製品管理、
陸上輸送をしている。
立田回漕店(立田弥栄子社長)は取扱業で、
貸渡業は
花菱汽船(立田雅弘社長、昭和四十四年設立)、
若宮汽船(立田敬二社長、昭和四十九年設立)
に分離している。

花菱汽船は立田回漕店のセメントサイロの関係から
宇部興産向けのセメント専用船(一、三四七D/W)を
昭和五十七年に建造、
山機海運が用船している。
若宮汽船は川鉄物流に
一、六〇〇D/W、一、〇九八D/W二隻を所有、
川鉄物流が鋼材運搬船として用船している。

立田回漕店グループではこの他、
京阪神地区で不動産業も営み、
貸しビルもある。

立田敬二社長(七十)は地元出身の二代目。
京都大学卒。
立田雅弘社長(四十)は敬二社長の長男で
同志社大学卒。
雅弘氏は小学校一年生のときから母親、
弟とともに京都で育ち、
父親の敬二氏が家業を継ぐため宿毛に
単身赴任していた。
雅弘氏は大学卒業後、
辰巳商会に勤め、
昭和五十六年末に立田回漕店に入社した。
当時は内航が不況のさ中で、
廃業も考えられたが、
セメント専用船の建造を契機に盛り返した。

敬二氏は宿毛商工会議所会頭、
全海運理事、などの公職が多く、
社業は三代目の雅弘氏が取り仕切っている。
p34【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
〔画像〕p34【内航近海海運 30(675)】平成7年(1995-04)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2881061/1/34
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2025年11月18日05:00
立田敬二[少尉 京大経 立田回漕店(運輸)花菱(アパート、喫茶)]
【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
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《小野義人=小野義眞:小野梓の義兄》小松島遊園【幕末明治女百話 前編】昭和7年

【幕末明治女百話 前編】昭和7年
著者    篠田鉱造 著
出版者   四条書房
出版年月日 昭和7
p3【幕末明治女百話 前編】昭和7年
〔画像〕p3【幕末明治女百話 前編】昭和7年
https://dl.ndl.go.jp/pid/1213568/1/3

  言問の有德梅鳥松
一時白髭手前に、
遊園の(小松島)といふのが開園され、
お花見の頃は、
座敷を貸し、庭園を開放し、
賑やかなものでしたが、
小野義人といふ人の企みでした。
義人さんは
小野梓さんの兄さんだといふことでした。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1213568/1/144
昭和七年九月二十六日印刷
昭和七年十月 一 日發行
定 價 壹圓五拾錢
著作者 篠田鑛造
發行者 四條輝雄
    東京市神田區駿河臺袋町一六番地
印刷者 高田邦夫
    東京市神田區駿河臺袋町一六番地
發行社 四條書房
    東京市神田區駿河臺袋町一六番地
    電話神田(25)三八〇番
    振替東京一〇三八番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1213568/1/187
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磐手を訪れた俳優たち(青島にて)昭和15年11月【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968

【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
出版者   浴恩出版会
出版年月日 1968
p3【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
〔画像〕p3【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/3

 磐手を訪れた俳優たち(青島にて)
 昭和15年11月 於 磐手(青島)
(左より)
里見 藍子
沢村 貞子
江川宇礼雄
入江たか子
藤田  進
加藤豊太郎(二期 主計長)
沢田 沢吉(六期 庶務主任)
p33-2【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
〔画像〕p33-2【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/33

  第二期 五月会
     (名称由来…五月に入隊したことから名付ける)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/195
加藤豊太郎(二期 主計長)
(少佐 東商大 三菱樹脂社長付)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/200

  第六期 土曜会
     (第一回の集いをしたのが土曜日だったので、
      土曜会と呼ぶようになった)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/245
沢田沢吉(六期 庶務主任)
(少佐 東商大 沢田商店社長、武蔵米穀卸常務取締役)
磐手在艦時、
ロケのため来ていた俳優連を見学させた時の写真を
本書に寄せられた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/251

海軍主計科士官物語<短現総覧>
昭和四十三年二月二十日発行
定価 三、八〇〇円
(送料諸掛二〇〇円を含む)
編 者 井畑憲次
    野間 弘
発行者 井畑憲次
発行所 浴恩出版会
    東京都中央区銀座東八の一
    丹羽ビル
    電話(541)八五〇二番
    振替口座 東京五六〇五〇番
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/471
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立田敬二[少尉 京大経 立田回漕店(運輸)花菱(アパート、喫茶)]【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968

【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
出版者   浴恩出版会
出版年月日 1968
p3【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
〔画像〕p3【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/3

 第十二期生 第三・第四分隊 卒業記念・
       昭和20年3月・4月
p18【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
〔画像〕p18【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/18

  勝鬨会(十二期)
 勝鬨会 第12期 海軍主計見習尉官隊
 昭和39年5月27日
p33-1【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
〔画像〕p33-1【海軍主計科士官物語:二年現役補修学生総覧】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/33

 第十二期 勝鬨会
     (名称由来…経理学校のあった勝鬨橋と
      戦勝の勝鬨よりとる)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/421
  第四分隊
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/438

立田敬二
[少尉 京大経 立田回漕店(運輸)花菱(アパート、喫茶)]
卒業後 朝鮮元山空配属、
終戦一カ月前 福岡空に派遣され
同地にて終戦迎える。
趣味 魚釣、高知県出身、
京都市下京区寺町通松原上る京極町四九〇
電話35-3510
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/440

海軍主計科士官物語<短現総覧>
昭和四十三年二月二十日発行
定価 三、八〇〇円
(送料諸掛二〇〇円を含む)
編 者 井畑憲次
    野間 弘
発行者 井畑憲次
発行所 浴恩出版会
    東京都中央区銀座東八の一
    丹羽ビル
    電話(541)八五〇二番
    振替口座 東京五六〇五〇番
https://dl.ndl.go.jp/pid/3447424/1/471
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【四国年鑑 昭和47年版】
出版者   高知新聞社
出版年月日 1971.
《立田敬二》大正13年4月5日(宿毛市)
①(株)立田回漕店、花菱汽船(有)代表取締役
②釣・読書
③京都大学経済学部卒(昭和24年)
➃弥栄子(妻) 順子(長女) 雅弘(長男) 晴久(二男)
A788 宿毛市片島 T(08806)5-8201
京都市下京区寺町通松原上る
T(075)(351)三五一〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/12405233/1/480
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《小野十三郎》妻 イク 長女 富美子:小野義眞の長男【大衆人事録 第10版】昭和9年

【大衆人事録 第10版】昭和9年
著者    帝国秘密探偵社 編
出版者   帝国秘密探偵社[ほか]
出版年月日 昭和9
《小野十三郎》
 富山房(資)社員
 (税)八八
 千葉縣東葛飾郡柏町
【本文】
東京府小野義眞の長男
明治廿六年六月十三日生る
大正五年 早大商科卒業後
土佐宿毛銀行を興し取締に就任
昭和六年二月 現職に就く
宗敎 神道
趣味 釣魚・讀書
【家庭】
母  くら(慶應元年)
妻  イク(明治三六年)
      東京府 服部一郎 妹
      京都第一高女卒
長男  正(大正一〇年)
      昭和第一商在
二男  誠(大正一一年)
三男  健(昭和 四年)
四男 光雄(昭和 五年)
長女 富美子(大正一四年)
p366【大衆人事録 第10版】昭和9年
〔画像〕p366【大衆人事録 第10版】昭和9年
https://dl.ndl.go.jp/pid/8312057/1/366
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【大衆人事録 第11版】昭和10年
著者    帝国秘密探偵社 編
出版者   帝国秘密探偵社[ほか]
出版年月日 昭和10
《小野十三郎》
※上記と同一内容
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2020年04月22日11:23
《年賀状》小野十三郎様宛・小野安:昭和37年1月
千葉県 柏 柏町
  小野 十三郎 様
   〃 いく子 様
頌 春
 永 遠 の 和 を
  ねんじ つゝ
     元 旦
   京 都
     小野 安

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2014年06月19日10:30
《小野十三郎:母 くら》【人事興信録. 5版】大正7年
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小松島と呼ばれ浮世絵にもしばしば描かれた庭園が天女の園に見えた【浅草橋場・すみだ川】水野明善 著1986

【浅草橋場・すみだ川】1986
著者    水野明善 著
出版者   新日本出版社
出版年月日 1986.11
p3【浅草橋場・すみだ川】1986
〔画像〕p3【浅草橋場・すみだ川】1986
https://dl.ndl.go.jp/pid/12539281/1/3

木母寺、梅若塚、水神の森は、
当時の私らにとって異国同様だった。
第一、白鬚橋を渡ってすぐ右にある
小松島と呼ばれ浮世絵にも
しばしば描かれた庭園が天女の園に見えた。

小松島を中心に、
いくつかの小島が浮き島のように
水の庭に浮かんでいた。

今はNECの子会社日本電気精機の工場になっている。
p27【浅草橋場・すみだ川】1986
〔画像〕p27【浅草橋場・すみだ川】1986
https://dl.ndl.go.jp/pid/12539281/1/27
淺草橋場・すみだ川
1986年11月15日 初版 定価2500円
著 者 水野明善
発行者 松宮龍起
発行所 株式会社 新日本出版社
    郵便番号151
    東京都渋谷区本町1の8の7
    電話 東京(320)7111(代表)
    振替番号 東京3-13681
印 刷 亨有堂印刷
製 本 小泉製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/12539281/1/170
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林有造、和氣宥雄、小野義眞、高山紀齋【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年

【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年
著者    浜口熊岳 著 [他]
出版者   浜口熊岳事務所
出版年月日 明43.10
p1【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年
〔画像〕p1【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年

明治二十七年ヨリ和歌山裁判所ヲ始メトシ卅六年迄デ
四十七回トモ公明正大ナル辯論ノモトニ
何レモ無罪ノ判決ヲ受ク
尚裁判所法廷ニ於テ實地施行ノ試驗ヲ受ク

證人
(元農商務大臣)林有造、
(眞言宗管長)和氣宥雄、
(日本鐵道社長)小野義眞、
(齒科醫學博士)高山紀齋
ノ諸氏
有益ナル證言ヲ爲シタリ
p8【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年
〔画像〕p8【摩訶不思議:浜口熊岳自叙伝 2版】明治43年

  東京朝日新聞記事 (明治36年十一月二十日)
東京地方裁判所成規則により宣誓をなし後
熊嶽にホクロを取る依賴をせしや林有造氏
之れに答へ
私は實兄岩村光俊方にて面部に有りたる
   ※岩村通俊
大きなホクロ取(とつ)てもらいました
九字を切りて呪文を唱(とな)へ
やつと聲を出したらばコロリと落ちました
別にいたみも有りません
唯だ私も不思議妙で有ると感じたり

翌一月二日小野義眞方へ來(きた)り
不思議の話をしたる後から聞(きけ)ば
小野の家でも澤山イボホクロ
齒を取(とつ)てもらへし人有り
之も不思議大妙じゃと云(いひ)居れり

明治三十五年東京區裁判所にて辯護士の參考として
余の眞言秘密を以て齒を抜かしめられき其際
判官等も私服にて實見せられしが
辯護士岸本博士鈴木充美
其他十數名の辯護士より呼賞を博したり
明治四十二年六月二十日印刷
明治四十二年六月廿五日發行
明治四十三年十月十五日再版發行 定價金五拾錢
發行兼 北川米太郎
編輯者 名古屋市東區葵町三十五番戸
    濱口熊嶽別邸方
印刷者 小池  淸
    名古屋市東區針屋町二丁目三十一番戸
印刷所 三益社
    名古屋市東區針屋町二丁目三十一番戸
發行所 濱口熊嶽事務所
    名古屋市東區葵町三十五番戸
    電話一三七四番
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小野義真は陶工ではない アマチュアの最高峰とでも云う存在か【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974

【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974
著者    日本盆栽協会 編
出版者   三省堂販売
出版年月日 1974
175 蕎麦釉丸(小野義眞作)
   14×8.3
p34【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974
〔画像〕p34【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974
https://dl.ndl.go.jp/pid/12439944/1/34

〇小野義真
名品とされ珍重されている小野鉢のほとんどは丸鉢です。

しかし、そのロクロの技術、釉薬の特殊さは
他の鉢の追従を許さない厳しさを持っていると云えます。

元来 日本鉄道の社長の重任を負い、
人格、名声共に知名な人のわりに、
その経歴等余りにも不明な点が多かったのですが

もちろん小野義真は陶工ではない、
アマチュアの最高峰とでも云う存在か。

前述したように国鉄の前身である
日本鉄道株式会社の三代目の社長を勤められた人で、
天保十年(1839)土佐幡多郡宿毛(現宿毛市)に
士族 小野安兵衛義信の子として生れ、
四人兄弟の長男であります。

三十才の頃、しばらくの間、
官界に身を置いて土木事業にたづさわったが、
その後官界を去り三菱会社に入り
財閥 岩崎弥太郎の股肱となり、
その手腕を縦横に振るい、
大隈重信侯とも昵懇の間柄だったようで、
東京橋場の本邸のほか、
向島の別邸、
関屋の別荘があったようです。

橋場の本邸に窯を築き
瀬戸の陶工、加藤正吉を従いて
この小野鉢が生れた訳で、
その釉薬などには並なみならぬ苦心があったようです。

小野鉢には[ひらがな]、
或は
[片カナ]などの符合が見られますが、
これは何のために入れたものかよく判っていません。

尚[どくろ]の中に正の字を入れた落款がありますが、
これは加藤正吉のものとされています。

明治三十八年(1905)五月胃癌のため他界されました。
p59【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974
〔画像〕p59【盆栽水石の鉢・水盤・卓】1974
https://dl.ndl.go.jp/pid/12439944/1/59
盆栽水石の 鉢・水盤・卓
定価2900円
発行所 社団法人 日本盆栽協会
    東京都台東区上野公園3番42号
発売元 三省堂販売株式会社
    代表者 亀井 要
    〒101 東京都千代田区神田神保町1の41
    電話03-292-1481(代)
    振替口座 東京9390
製 作 大塚巧藝社
印 刷 昭和49年1月 9日
発 行 昭和49年1月10日
https://dl.ndl.go.jp/pid/12439944/1/65
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《小野義真=小野義臣》盆栽界で人気の高い鉢に小野窯がある【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976

【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
著者    忍田博三郎 著
出版者   三友社
出版年月日 1976
 p3【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p3【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/3

上 16 真葛香山合作金波絵丸
    小野義真
    口径17.5cm 高さ7.5cm
中 17 曙釉袋式丸
    小野義真
    口径15cm 高さ10cm
下 18 小豆釉鉄鉢
    小野義真
    口径12cm 高さ6cm
 p14【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p14【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/14

《小野義真》 p36-39/130

尚、現在大宮の清香園主の先代山田初五郎氏が
小野家のお出入りであり、
陶工の加藤正吉氏とも昵懇の間柄だったと聞き、
色々お尋ねして見たり、……。

「しゃれこうべ」の落款
 95 加藤正吉の落款
 p36【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p36【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/36

 96 小野窯花瓶の底にある符合「むぎほし」
 p37【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p37【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/37

小野梓は小野義真にとって義理の弟です。
もともと遠縁であった両者でしたが、
梓が義真の妹利遠(りお)と結婚したからです。
(明治七、八年頃と推測されます)。
 ・・・・・・
宿毛市では明治百年を記念し、
宿毛十傑と称して、
宿毛の生んだ偉人の遺跡に標柱を建てました。
義真の旧居は宿毛市の東北隅にあり、
その建物の一部は今も残され、
その屋敷を囲む土塀の如きは、
今は往時の宿毛を偲ぶ唯一の文化遺産であり、
ここに「小野義真邸跡」と標柱が建てられました。
庭なども数寄を凝らしたもので、
往時の主を偲ぶが如く、
現在なお当時のまま残っていて、
大正九年夏、
大町桂月はここに約四十日間も滞在し、
その庭の趣きを賞して「休翼庭」と
名付けたと言われています。
それは、流れの中にしばしば
翼を休めている鳥の姿をした岩が
あったからだと云います。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/38

花は朝顔を愛し、書をよくし、
桃斉の号は老鼠堂永機につけてもらったもので、
俳句は永機門下の逸材であったと云います。
  朝顔の つぼみ数えつ 宵寝かな
  長き夜や 偕に楽しむ 酒の味
  寝ながらに 見るも驕りや 庭の雪
などの秀逸が残され、
最後の句は明治三十八年一月より胃癌の為
病床にあって作ったもので、
はしなくも義真の辞世の句となりました。

とにかく義真には、
東京に三ヶ所の住所があった事は確実で、……。

つまり移転前の真先稲荷の隣接地に小野義真の本邸と、
尚その隣りに、
小野梓と利遠(妹)の新家庭を作り住まわせ、
自らも又ここに定住したと考えられます。

本邸の川向うに向島の別邸があったが、
ここは小松島と呼ばれ(現在の白髭橋の東詰)
その広さは三千平方メートルにも及ぶ
宏大な規模のものだったと云われ、
この外に関屋に別荘があったが、
その地は現在のどの辺に当るのか確証もなく、
定かではないので
今後の研究課題にしたいと思います。

小野十五郎=福地悟朗

カラー写真No.16 真葛香山合作金波絵丸
カラー写真No.17 曙釉袋式丸
カラー写真No.18 小豆釉鉄鉢

 97 カラー写真No.16
 真葛香山合作金波絵丸の鉢の箱書。
 p39【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p39【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/39

 p119-1【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p119-1【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/119

 p119-2【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
〔画像〕p119-2【盆栽小鉢の面白味:日本の小鉢と陶工】1976
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/119
日本の小鉢と陶工
盆栽小鉢の面白味 定価 三五〇〇円
昭和五十一年五月十五日初版発行
著 者   忍田博三郎
発行人   北村 卓三
企画編集人 清水  明
発行所   株式会社 三友社
      東京都練馬区石神井六丁目一番二十五号
      電話(〇三)九九七ノ五一三一(代表)
      振替東京五ノ四八七八九 (〒一七七)
      印刷・製本 凸版印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/12709788/1/127
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2023年06月06日05:13
《小野義真(義臣)》自宅の庭に窯を築き
尾張の名陶工・加藤正吉を抱え、
多くの名品をプロデュースした稀代の趣味人

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2025年04月26日06:05
《小野銀行頭取 小野十三郎》黑岩(小野家執事)
土佐日記(二) 宿毛:大正九年六月七月
【桂月全集 別巻 上】1980
七月三日 朝くもる
 小野氏と共に「コウゾノ」堰にかほ あらひにゆく
 一宮神社のあとに上る、
 老松二抱半おこんば淵(村役場)
 樹しげりて眺望なし東福寺ノ畔、
 伊賀氏の墓地に上る
 宿毛一目の下、休翼園
 午前 小學こうえん
 夜 淸寶寺こうえん
 とうふくじの側の小山 伊賀氏の墓地也
七月四日
 宿毛のわらぢは ちぼ一つ也
 篠山ノ神社ふきん檜多し、
 上はつゝじ、どうだん、小笹一面也
   鯤化作鵬々作石
   悠然休翼小池邊
   池中一任鯉魚躍
   梅雪松風幾萬年
   題休翼園 小野氏
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