銀行・会社

《上田魏二郎》京料亭「順正」で行われる京名物“湯豆腐の食べくらべ”大会【国会画報 34(4)】1992-04

【国会画報 34(4)】1992-04
出版者   麹町出版
出版年月日 1992-04
 国会画報 92.4
 平成4年4月1日(毎月1日発行)
 第34巻 第4号
p1【国会画報 34(4)】1992-04
〔画像〕p1【国会画報 34(4)】1992-04
https://dl.ndl.go.jp/pid/2857224/1/1

  花と柳
 <京都祇園甲部> 豆涼さん
 《プロフィール》
  芸 歴 1年
  趣 味 歌舞伎鑑賞
  稽 古 舞、おはやし、茶道
  出身地 京都
  ※お茶屋「柴田」の芳豆の妹分(西出稔氏撮影)
p20【国会画報 34(4)】1992-04
〔画像〕p20【国会画報 34(4)】1992-04
https://dl.ndl.go.jp/pid/2857224/1/20

京料亭「順正」で行われる
京名物“湯豆腐の食べくらべ”大会は、
今年で十八回目。
南禅寺の名物である湯豆腐を
全国の人に知ってもらおうと始まったもので、
南禅寺畔の「順正」本店と
東山区清水の「順正」で
交替で催しているものだが、
今年は清水の「順正」で舞妓らをまじえた
十三歳から七十二歳までの
食自慢の男女百二人が参加した。
審判長は落語家の桂三枝さん。

あつあつの湯豆腐四丁(約一・四キロ)を
十分以内で食べれば二回戦。
十分の休憩をはさんで、
さらに四丁食べると決勝戦に進み、
全部で何丁食べたかを競う。

決勝には女性二人を含む十人の大食漢が進出し、
結局、東の横綱(男性優勝)には
十一丁を平らげた右京区の会社員(四五)
西の横綱には九丁と四分の一を食べた
奈良市の奈良女子大生(二一)が輝き、
三枝審判長が賞状と多くの賞品を贈った。

上田魏二郎社長は
「南禅寺の湯豆腐もおかげで全国的に有名になり、
 他府県からの参加者も多く嬉しいです」
と話していた。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2857224/1/22
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《丹波レースシシュウ》企業閉鎖:昭和52年11月30日【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11

【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
出版者   労働経済社
出版年月日 1977-11
p1【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
〔画像〕p1【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
https://dl.ndl.go.jp/pid/2816010/1/1

 繊維産業における合理化と操短対策の実態
組合名  丹波レースシシュウ
内 容  企業閉鎖
解決条件 退職金200%+α
離職者数 男 11 女 13 計24
離職月日 11月30日
p6-1【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
〔画像〕p6-1【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11

p6-2【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
〔画像〕p6-2【労働経済旬報 11月中旬31(1050)】1977-11
https://dl.ndl.go.jp/pid/2816010/1/6
労働経済旬報(第31巻第1050号)
昭和52年11月8日 印刷
昭和52年11月11日 発行
発行人 三浦 衛
編集人 野沢信雄
印刷所 株式会社 上野印刷所
発行所 株式会社 労働経済社
    東京都千代田区麹町3-5-20
    電話(263)7404~5番
    振替 東京 5-17127番
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《上田魏二郎》丹波レースシシウ(株)争議:ゼンセン同盟丹波レースシシウ労働組合長 一谷 積【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】

【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】
出版者   京都府地方労働委員会
出版年月日 1976
p4【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】
〔画像〕p4【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674676/1/4

  (31) 丹波レースシシウ争議
申請者   ゼンセン同盟丹波レースシシウ労働組合
       組合長   一谷  積
被申請者  丹波レースシシウ株式会社
       代表取締役 上田魏二郎
あっせん員 窪田(公)、和田(労)、池田(使)
従業員数  31名
組合員数  23名
事業の種類 レース加工
調整事項  夏季一時金
申請年月日 昭和50年7月31日
終結年月日 昭和50年8月7日

1 申請までの経過
  ―略―
2 調整経過
  ―略―
  あっせん案(要旨)
(1) 会社は、昭和50年夏季一時金を組合員1人あたり
   基本給の1.397か月分を支給すること。
(2) 支払期日、配分などについては、
   労使双方で協議すること。
   その後、会社は、金融機関から融資を受けて、
   8月13日に支給した。
p107【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】
〔画像〕p107【京都府地方労働委員会年報 昭和50年版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674676/1/107
昭和51年9月1日 印刷
昭和51年9月30日 発行
編集者 京都府地方労働委員会事務局
発行者 京都市中京区富小路通り二条上る鍛冶屋町〒604
    TEL 075(211)5707
印刷所 宇野印刷株式会社
    京都市下京区五条通り猪熊西入る柿本町
    TEL(801)9391
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《上田魏二郎》丹波レースシシウ(株)争議:組合長 若林信之【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】

【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】
出版者   京都府地方労働委員会
出版年月日 1969
p4【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】
〔画像〕p4【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674669/1/4

  (35) 丹波レースシシウ争議
申請者   丹波レースシシウ労働組合
       組合長   若林 信之
被申請者  丹波レースシシウ株式会社
       代表取締役 上田魏二郎
あっせん員 吉村(公)、夏木瀬(労)、立石(使)
従業員数  76名
組合員数  50名
事業の種類 レース、工芸織物製造
調整事項  夏季一時金、年間特定休日の賃金保障
申請年月日 昭和43年7月12日
終結年月日 昭和43年7月26日

1 申請までの経過
p102【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】
〔画像〕p102【京都府地方労働委員会年報 昭和43年版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674669/1/102

5月27日、組合は年間臨給4.5か月分
(配分はスライド90パーセント、
  査定10パーセントとする)
の要求をした。

これに対し会社は6月15日、
夏季一時金として1か月分を回答、
ついで6月29日第2次回答として1.2か月分、
さらに7月2日には1.3か月分
(条件として欠勤1日につき50円引きとする)
との第3次回答をしたが、
組合はこれを不満であると、
7月2日からはち巻き闘争に入り、
7月4日にはスト権を確立した。

7月9日、第7回目の団体交渉で会社は
次のとおり第4次回答をした。
  夏季一時金 1.45か月分
  付帯条件
① 基本日給×25日×1.45か月×出勤率
  (対象期間 昭和42・11・26~昭和43・5・25)
② 配分はスライド60パーセント、査定40パーセントとする。
③ 欠勤控除1日につき100円引きとする。
  ―略―

2 調整経過
  ―略―

   あっせん案
(1) 会社は組合に対し、夏季一時金1.47か月分を
  8月10日までに支給すること。
  (但し、昭和42・11・26~
   昭和43・5・25の出勤率を乗ずること)
 ア 上記金額の配分については
   本給スライド80パーセント、
   会社査定20パーセントとし、
   査定の幅は10パーセントから
   30パーセントの範囲内とすること。
 イ 欠勤控除は1日につき50円引きとすること。
   なお、控除金額はレクリェーションの経費に充当すること。
(2) 年間特定休日は現在無給の5日分を有給にする。
   但し、休憩時間を一部変更するものとする。
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674669/1/103

  (40) 第二丹波レースシシウ争議
申請者   丹波レースシシウ労働組合
       組合長   若林 信之
被申請者  丹波レースシシウ株式会社
       代表取締役 上田魏二郎
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674669/1/105

あっせん員 吉村(公)、夏木瀬(労)、立石(使)
従業員数  69名
組合員数  42名
事業の種類 レース、工芸織物製造
調整事項  解雇撤回、委託加工契約制反対
申請年月日 昭和43年10月23日
終結年月日 昭和43年10月29日

1 申請までの経過
  ―略―
2 調整経過
  ―略―
https://dl.ndl.go.jp/pid/9674669/1/106
昭和44年11月15日 印刷
昭和44年11月30日 発行
編集兼 京都府地方労働委員会事務局
発行者 京都市中京区
印刷所 株式会社 宇野印刷所
    京都市上京区西洞院通中長者町下ル265
    TEL(801)6391
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《上田魏二郎》丹波レース株式会社 船井郡丹波町字須知【全国経編会社要覧 昭和40年度版】

【全国経編会社要覧 昭和40年度版】
出版者   日本経編新聞社
出版年月日 1964
p1【全国経編会社要覧 昭和40年度版】
〔画像〕p1【全国経編会社要覧 昭和40年度版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/2518848/1/1

丹波レース株式会社
上田魏二郎
京都府船井郡丹波町字須知
(須知)二〇七
p34【全国経編会社要覧 昭和40年度版】
〔画像〕p34【全国経編会社要覧 昭和40年度版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/2518848/1/34
全国経編会社要覧
(昭和四十年度版)
昭和三十九年十月 二十日 印刷
昭和三十九年十月二十五日 発行
定価三千五百円
編著者 小松崎英雄
発行人 丸山 雄三
発行所 大阪市西区京町堀二の五三(宝会館ビル)
    株式会社 日本経編新聞社
    電話 大阪(441)五四四六・六〇八二
    振替口座 大阪九一八二
https://dl.ndl.go.jp/pid/2518848/1/133
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《上田魏二郎》南禪寺草川町六〇【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949

【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949
著者    森野二司
出版者   日本電話普及會
出版年月日 1949
 私製 京阪神 業種別 電話番號簿
 第一輯
 昭和二十三年十月一日
 大阪 京都
 堺 東住吉 尼崎
 吹田 布施 三国
 日本電話普及会發行
p1【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949
〔画像〕p1【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949
https://dl.ndl.go.jp/pid/8322618/1/1
 製材材木木工及家具材料
   材木
上田魏二郎…………本局2-3722
下、四條通東洞院西入
富國ビル二階 
https://dl.ndl.go.jp/pid/8322618/1/346
 京都 無職
上田魏二郎……………上3-5170
左、南禪寺草川町六〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/8322618/1/422
 遞信局認可
 大阪中央電話局監修
 京阪神業種別電話番號簿
   第一輯
昭和二十四年四月十五日印刷
昭和二十四年四月二十日發行
定價 一部 九百五拾圓
送料      八拾圓
編輯發行人 森野二司
      大阪市大淀區天神橋筋六ノ五
印刷所   天業社印刷所
      大阪市都島區野田町四三(片町驛前)
      電話 堀川(35)二四九番
發行所   日本電話普及會
      大阪市大淀區天神橋筋六丁目五
      (新京阪ビル三階)
      電話 堀川三〇八七~八九
https://dl.ndl.go.jp/pid/8322618/1/445

  單行本事後検閲願
   ―略―
昭和二十四年六月参日
米軍民間検閲局
出版物検閲部 御中
日本電話普及會
大阪市大淀區天神橋筋六丁目(新京阪ビル三階)
p448【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949
〔画像〕p448【私製京阪神業種別電話番號簿 第1輯】1949
https://dl.ndl.go.jp/pid/8322618/1/448
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順正の創業者である上田堪一郎氏【そめとおり (565)】1998-02

【そめとおり (565)】1998-02
出版者   染織新報社
出版年月日 1998-02
p1【そめとおり (565)】1998-02
〔画像〕p1【そめとおり (565)】1998-02
https://dl.ndl.go.jp/pid/3262444/1/1

粋な味処 ゆどうふ 順正(京都・南禅寺)
ほっこり、はんなり人の心をあたためる
https://dl.ndl.go.jp/pid/3262444/1/37

順正書院は昔、
当時の風流人が集まる文化サロンの場でもあったという。

順正の創業者である上田堪一郎氏
(上田店長の祖父)もここを住まいにしていたとき、
自身が茶人だったこともあり、
客人を名物の京豆腐でよくもてなしていた。
それが高じて、湯豆腐の店に―。

以来、四十年、
名物と呼ばれるに値する豆腐の味を追い求めてきた。
「本物の味を知ってほしい」
という思いが店を育てている。
https://dl.ndl.go.jp/pid/3262444/1/38
月刊そめとおり 2月号
発行日/1998年2月1日
発行所/(株)染織新報社
〒600-8431 京都市下京区綾小路通室町西入
       グランドビル21 4F
       TEL 075-343-2856
       FAX 075-343-2869
発行・編集人/本多良臣
印刷/(株)大美堂印刷社
https://dl.ndl.go.jp/pid/3262444/1/52
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《上田堪一郎氏》大洋織物會社「順正書院」「順正黌」【日本美術工芸 (248)】1959-05

【日本美術工芸 (248)】1959-05
著者    日本美術工芸社 [編]
出版者   日本美術工芸社
出版年月日 1959-05
p7【日本美術工芸 (248)】1959-05
〔画像〕p7【日本美術工芸 (248)】1959-05
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/7

愛藏辯あり 七〇 p20-23/46
 上田堪一郎氏
   邑木千以
東山三十六峰が綠にけぶる春の雨。
京の名刹南禪寺へ向う道を少し手前で、
同行の人達と車を降りる。
道からやや入った所に古格ゆかしい御門があり、
白川砂で化粧された長い露地がお玄關へと續いていて
「濡れて行こう」と氣取りたくなるような朝の風情である。

式臺の付いたお玄關の上に「順正書院」、
その奥には「順正黌」という古い額が上っている。
「賴もう」とおとなうまでもなく、
御主人と奥樣がお迎え下さって、
それぞれに久闊を叙したり、
初對面の挨拶を交わしたりして奥へ通る。
「なんや、もう行届かんことで」と
奥樣に招じられた應接間は、
これはまた御主人に似て雄大な構え、
正面と右手の障子が取り拂われていて、
先ず綠の庭がパッと眼に來る。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/20

Y「今度、上田さんは四月の好日會大會に
 北鎌倉へ遠征されるそうですが、
 皇太子さま御成婚の月で
 いろいろ御趣向もおありでしょうね。
 殊にこちらの西陣の大洋織物會社を經營せられ、
 美智子さんのお支度の御下命もあったと
 伺っておりますから、
 大いにお祝いをしなければ
 ならないわけですね」
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/21

 太子屋井戸茶盌
p22【日本美術工芸 (248)】1959-05
〔画像〕p22【日本美術工芸 (248)】1959-05
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/22

もう、ボツボツお頭に白いものが見えるようだが、
まだまだ前途有爲な壯年實業家として
活躍される上田さんは、
先頃御本業に關係のある服飾美術視察のため渡佛され、
昨秋花のパリから歸られたばかり。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/23
『日本美術工藝』五月號
 毎月一回 一日發行
昭和三十四年四月二十五日 印刷
昭和三十四年五月 一 日 發行
 定價一〇〇圓
 日本美術工藝編集室
 池田市建石町一九六五
 逸翁美術館内
 電話 池田三八六五・四三五八
編集發行人 加藤義一郎
 大阪市北区梅田 阪急百貨店六階
發行所   日本美術工藝社
 電話 阪急百貨店内 三六二
 振替 大阪一〇七三五六
 会員番号 一二五五九一

 東京都品川区鎧町三四七一
 阪急百貨店 大井店内
 日本美術工藝東京支社
 電話 大森三一六一~九番

印刷人 鈴木直樹
    京都市中京区壬生花井町三
印刷所 日本寫眞印刷株式會社
https://dl.ndl.go.jp/pid/2281459/1/40
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《上田堪一郎》大洋織物工業(株)社長【産経日本紳士年鑑 第3版】昭和37年

【産経日本紳士年鑑 第3版】昭和37年(1962)
出版者   産経新聞年鑑局
出版年月日 1962
p4【産経日本紳士年鑑 第3版】昭和37年(1962)
〔画像〕p4【産経日本紳士年鑑 第3版】昭和37年(1962)
https://dl.ndl.go.jp/pid/3044861/1/4
《上田堪一郎(かんいちろう)》
 大洋織物工業(株) 社長
 京都土地興業(株) 社長
 西陣毛織工業組 理事長
 西陣絹人絹織物工組 副理事長
 日本毛織物工業協会 理事
 京都商工会議所 議員
 経済同友会員
(雅号 堪庵)
(生)京都府 明治39年11月19日
(歴)第一工卒
昭和31年 紺綬褒章を受け
昭和32年 市場見学の為渡米二ケ月滞在した
(趣)茶道・ゴルフ・古美術
(住)京都市左京区南禅寺草川町六〇
  電話(7)一四八〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/3044861/1/129
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[大洋織物工業(株) ]会長 上田堪一郎 設立 昭和17年10月【日本会社録 第4版】昭和40年

【日本会社録 第4版】昭和40年
出版者   交詢社出版局
出版年月日 昭和40
p37【日本会社録 第4版】昭和40年
〔画像〕p37【日本会社録 第4版】昭和40年
https://dl.ndl.go.jp/pid/8312606/1/37
大洋織物工業(株)
京都市北区紫野花ノ坊町
(電)44局7171(代)
設 立 昭和17年10月
目 的 婦人服地、レース、パラソル地製造販売
授権株 400万株(100万株)
資本金 5,000万円
決算期 2月
配 当 無配
会 長 上田堪一郎
社 長 藤原  要
専 務 上田 昭三
取 締 松村 重夫、
    浅羽  保、
    玉井富太郎
監 査 江口 誠一、
    鷹羽 喜造
大株主 上田堪一郎 240,000株
    日綿実業  200,000株
    三菱商事  100,000株
従業員 221
年商内高 4億5,000万円内外
銀 行 三和(三条)・大和(千本)・東海(西陣)
工 場 本社同場所
設 備 広巾機80・小巾機40・
    カールマイヤラツセル機5・
    エンブロイタ2・レース機20
p917【日本会社録 第4版】昭和40年
〔画像〕p917【日本会社録 第4版】昭和40年
https://dl.ndl.go.jp/pid/8312606/1/917
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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