【沖縄姓名と風土】1983
著者 多和田真助 著
出版者 沖縄タイムス社
出版年月日 1983.10
https://dl.ndl.go.jp/pid/12209060/1/1
瑞慶覧……"難読姓の"きわめつき
沖縄の姓は、「門中を重んずる傾向」が強いようである。
たとえば、石川市山城部落の一門中が、
そっくり「山城さん」だったり、
玉城村の尚泰久の末裔である
屋良門中の「安次富さん」など、
このほかいくつかの例がある。
この門中を重んずる傾向は、
それだけ祖先を尊ぶということの
証明とも受けとれるものだが、
こと「姓名」に限って見ると、
多くの「同姓同名」者が続出している。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12209060/1/38
これなど、沖縄ならではの現象といえる。
大里村の銭又部落には「瑞慶覧さん」がいっぱいいる。
同部落の世帯数が三十六戸で、
表礼はどこもかしこも「瑞慶覧」。
案の定、同姓同名が何組かあった。
最も多いのが「瑞慶覧長仁さん」で、
同部落内に十二人。
三十余戸数のなかから十二人ということだから、
相当の割合で同姓同名者が出たことになる。
次いで、「瑞慶覧長徳さん」が七人、「長吉さん」五人。
この三つが集中してあった。
沖縄の場合、同一門中における
「同姓同名」はさして珍しいことでもない。
どの門中でも、何組か抱えているものだが、
銭又の「瑞慶覧さん」のケースはきわめて
まれといえるのでは。
どうして「長仁さん」がこんなに続出したのか。
地元の人たちの話を聞いて納得。
部落の大長老的存在の人物にならって
命名したことが理由だった。
この大長老の名が「長仁さん」。
四年前に九十七歳で他界したが、
がん強な体の持ち主で、
戦後の荒れ果てた畑を開墾、財を築いた。
その働きぶりから
「ブルドーザー・タンメー」とも呼ばれ、
部落の人たちの模範となり、
並々ならぬ尊敬の念が寄せられたという。
同村の瑞慶覧一族は、いわゆる居留民。
とはいっても、大里村に住みついてから
二百年の歴史を持つ。
県会議員だった瑞慶覧長方さん(四九)も同部落の出身。
同氏によると、一族の先祖は首里の士族。
二百年前に都落ちをして、
銭又の屋取(ヤードゥイ)をつくった。
ちなみに同門中は、
氏が「寵」(チョウ)、名乗頭が「長」ということだ。
したがって、同門中の場合も、
沖縄の他の氏門中の例にもれず、
「瑞慶覧」と「長」までは同一。
名の下の一字で区別しているにすぎない。
同姓同名の続出は当然予想されたことであったが、
名乗頭の「長」に対する愛着は断ち難く、
また根強い門中志向があった。
この門中に対する意識も、
一時期とは事情がちがってきているようである。
四十歳以上の人たちは、
名乗頭「長」の一字を用いた名を持っているが、
若い世代では少なくなりつつある。
瑞慶覧さんは
「時代の流れでしょう。
かといって全く絶やしてしまうわけにはいかない。
長男だけは『長』の字をつけて、
門中をはっきりさせないといけない。
二男、三男はやむを得ないのでは……」と語る。
ところで、この「瑞慶覧」の姓、
他県に行くと"難読姓の"きわめつき。
それだけ沖縄固有の姓ということになると思うが、
本土の大学で学ぶ県出身のいかつい男子が
「瑞」(ズイ)、「慶覧」(ケイラン)と読まれ、
見目うるわしき中国女性にまちがわれた珍談もある。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12209060/1/39
バラエティに富む多良間の姓
https://dl.ndl.go.jp/pid/12209060/1/122
多和田 真助(たわた しんすけ)
1943年生。
1968年、沖縄タイムス入社、
現在本社社会部員。
その間、中部支社、学芸部
糸満支局をそれぞれ勤務。
現住所 宜野湾市字野嵩549番地
沖縄 姓名と風土 定価1,500円
初 版 昭和58年7月25日
第2刷 昭和58年10月20日
著 者 多和田 真助
発行人 玉城 義弘
発行所 沖縄タイムス社
沖縄県那覇市久茂地
2丁目2番地の2
電話(代)67-3111
印刷・製本 南西印刷(株)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12209060/1/129
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