◆小野喜代子

《台杉剪定》後:令和7年(2025)11月18日

《台杉剪定》後:令和7年(2025)11月18日
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《台杉剪定》後:令和7年(2025)11月18日
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《台杉剪定》後:令和7年(2025)11月18日
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《台杉剪定》後:令和7年(2025)11月18日
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ブルーベリー
ツツジ科の植物ドウダンツツジ
(満天星、灯台躑躅)
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2025年11月14日13:30
《台杉剪定》前・中:令和7年(2025)11月12・14日

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年11月19日14:05
《台杉剪定》前・中・後:令和6年(2024)11月4・7・18日
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《台杉剪定》前・中:令和7年(2025)11月12・14日

剪定前 令和7年(2025)11月12日
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剪定前 令和7年(2025)11月12日
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剪定前 令和7年(2025)11月12日
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剪定中 令和7年(2025)11月14日
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剪定中 令和7年(2025)11月14日
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剪定中 令和7年(2025)11月14日
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年11月19日14:05
《台杉剪定》前・中・後:令和6年(2024)11月4・7・18日
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《尾上信夫》兵長 ビルマ国ペンダ 戦病死 昭和19年12月4日【福知山聯隊史】昭和50年(1975)

【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
著者    福知山聯隊史編集委員会 編
出版者   福知山聯隊史刊行会
出版年月日 1975.4
p3【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
〔画像〕p3【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/3

<京都府福知山市>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/226
昭和19年12月4日
戦病死    兵長
尾上 信夫  ビルマ国ペンダ
※小野(尾上)喜代子の叔父

昭和19年11月17日
戦 死    伍長
尾上 幸男  レイテ島ダガミ

昭和13年11月8日
戦 死    軍曹
尾上弥太郎  中国安徽省
p234【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
〔画像〕p234【福知山聯隊史】昭和50年(1975)
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/234

<船井郡丹波町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/199

<船井郡和知町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/200

<船井郡瑞穂町>
昭和12年9月27日
戦 死    軍曹
伊藤  薫  北支
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/203

<加佐郡大江町>
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/260
昭和20年8月5日
戦病死    陸軍中尉
津田 栄一  インパール野戦病院
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/261
福知山聯隊史 (非売品)
昭和五十年四月一日 発行
編 集 福知山聯隊史編集委員会
    代表 伊藤良一
発行所 福知山聯隊史刊行会
    福知山市内記一
印刷所 あやべ印刷株式会社
    綾部市中ノ町一丁目二〇
https://dl.ndl.go.jp/pid/13210470/1/338
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2017年10月12日04:55
《伊藤 薫》[平和の礎]瑞穂町遺族会:昭和58年

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年08月25日05:48
《津田儀一・津田栄一の父》加佐郡大江町河守 菓子商
【墓標:第二次世界大戦遺族の手記】1981
終戦直前
昭和二十年八月五日敢えなくも
殉国の英霊と化せらる
功に依り陸軍中尉に昇進
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[我が家の花壇]20250421

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[我が家から見た雪景色]令和7年2月9日

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《今井小まつ・西原小まつ・雲井竜子》と根岸錦蔵 大正12年【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983

【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
著者    平木国夫 著
出版者   静岡産業能率研究所
出版年月日 1983.3

 今井小まつ(左)と根岸錦蔵
 大正12年11月、現 川根町家山
p46-1【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
〔画像〕p46-1【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983

 今井小まつ(雲井竜子)と中島式5型機
 大正12年ごろ
p46-2【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
〔画像〕p46-2【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/46

根岸錦蔵は、
静岡電鉄からもらった金で旅館代を支払い、
四名は三保在の農家を借りて移り住んだ。
大正十二年(一九二三)十二月も半ばをすぎていた。
ニューポール式83(甲式2)型機は、
灯台のうしろの松の木にしばりつけ、
漁師から網を借り、
松の木から松の木にわたして、
一応、人がはいれないようにした。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/59

今井小まつもまた、
郷里・京都の後援会の援助で買った
払い下げの中島式5型機を、
鶴見の第一航空学校に預けっ放しになっていた。
すると静岡電鉄の熊沢専務が空輸費用を出してくれた。
根岸錦蔵は、今井小まつと二人で仲よく
鶴見から三保まで空輸した。

静岡電鉄では、根岸飛行士後援会をつくり、
幹部社員が格納庫建設の寄付を募るため、
奉賀帳を持ってまわることになった。
電鉄技術部が格納庫の設計をし、
五千五百円という見積額をはじき出した。
清水鈴与商店、鈴与関係の豊年油(株)、
蒲原の田中光顕伯爵が各千円、
残り二千五百円を一般の人に頼るという計画であった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/60

 魚群捜査飛行
根岸錦蔵は、魚群捜査飛行の許可を得るため、
熱心に県当局を説得した。
しかし飛べば落ちると思いこんでいる相手は、
一歩もあとにひかなかった。
根岸錦蔵の粘ばり強さは無類のもので、
大正十二年(一九二三)から昭和二年(一九二七)まで、
あらゆる機会に県の有力者はじめ
漁業関係者に運動をし続けた。
しかし相手もまた、少しもひるもうとしなかった。
根岸錦蔵の後援者であり、
県会議長をしている鈴与商店主人・鈴木与平や、
田中光顕伯爵の力添えがあっても陥落しなかった。

ところがようやく開花する時がきたのである。
しかしそれは県当局が理解しての結果ではなく、
大きな政治力に押し切られたのだ。

根岸錦蔵は最後の手段のつもりで、
中央政界の黒幕といわれた
国策研究会の西原亀三に頼ったのだ。
西原は、大正六年、
中国が日本から多額の借款をしたときの立役者で、
西原借款として有名な人であった。
根岸錦蔵の同志であり愛人である
今井小まつの実姉が、
西原夫人だったのである。
そのため静岡県出身の
衆議院副議長の松浦五兵衛が動き、
松本学県知事に働きかけてくれたからであった。

一方、航空局の児玉常雄技術課長が、
井上長一の前例もあるとして積極的に協力し、
年額四千円の補助金交付を認めてくれた。
すると農林省二千円、静岡県二千二百六十円、
計八千二百六十円の予算が計上され、
いよいよ魚群捜査飛行開始のメドがついたのだ。
昭和二年十月であった。

もっとも試験飛行もあり、
実際に開始されたのは翌三年六月からで、
開始に先立ち根岸錦蔵は
一等飛行機操縦士の免状を交付された。
根岸にしてみれば、
五年間の努力が報いられたわけで感無量であった。
使用機は払い下げの
海軍10式艦上偵察機の
民間改造型・三菱R1-2型機であった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/63
空駆けた人たち 静岡県民間航空史
一九八三年三月二五日 第一版第一刷発行
定価二〇〇〇円
著 者 平木国夫
発行者 石川浅雄
発行所 静岡産業能率研究所
    浜松市元城町一四八ノ一三
    スカイビル5F
    電話〇五三四(五五)二三八七
発売所 (株)創林社
    東京都千代田区三崎町二の一二の二
    電話東京(二六五)八〇七七 〒101
信毎書籍印刷 美成社製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/131
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《雲井龍子・今井小まつ》可哀いさうな 第一羽衣號【飛行 3(1)】1922-01

【飛行 3(1)】1922-01(大正11年)
出版者   帝国飛行協会雑誌発行所
出版年月日 1922-01
可哀いさうな 第一羽衣號 p49-51/73
  雲井龍子
p49【飛行 3(1)】1922-01
〔画像〕p49【飛行 3(1)】1922-01
https://dl.ndl.go.jp/pid/1491741/1/49

【飛行 3(2)】1922-02(大正11年)
出版者   帝国飛行協会雑誌発行所
出版年月日 1922-02
可哀いさうな 第一羽衣號(つづき) p39-42/56
  雲井龍子
p39【飛行 3(2)】1922-02
〔画像〕p39【飛行 3(2)】1922-02
https://dl.ndl.go.jp/pid/1491757/1/39
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雲井竜子(今井小まつ)が作図した羽衣第1号機と根岸錦蔵 大正10年【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983

【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
著者    平木国夫 著
出版者   静岡産業能率研究所
出版年月日 1983.3

雲井竜子(今井小まつ)が作図した羽衣第1号機
大正12年の雑誌「飛行」より
  羽衣第壹號機
設計者    原 愛次郎
製作者    赤羽飛行機工場
製作時    大正拾年五月
發動機製作者 赤羽飛行機工場
所有者    根岸錦藏
p10-1【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
〔画像〕p10-1【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983

完成した羽衣第1号と根岸錦蔵の父、
根岸錦蔵、今井小まつ(右から)
大正10年4月下旬、
東京 赤羽飛行場で

羽衣第1号機上の根岸錦蔵
大正10年4月下旬
p10-2【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
〔画像〕p10-2【空駆けた人たち:静岡県民間航空史】1983
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/10

  羽衣第1号
大正九年(一九二〇)九月、
福長飛行機研究所を卒業した根岸錦蔵は、
大正十年二月から赤羽飛行機製作所で、
原愛次郎設計の複座機の完成に精力をかたむけた。
これが羽衣1号である。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/36

大正九年(一九二〇)十一月であった。
むろんそのままでは使用出来ないので、
主翼以外は全部新造しなければならなかった。
新機といってよかった。
根岸錦蔵には、男の助手二人のほかに、
二十二歳の若い女性協力者がいた。
京都出身の今井小まつである。
彼女も飛行家志望だが、
「そんな軽業師のような者になってもろうては、
 ご先祖さまに相済まぬ」
と母から猛反対され、
家出を三回繰り返した後、
ようやく放っておかれるようになった。

大正九年四月、
今井小まつは、
赤羽飛行機製作所が陸軍に納入する
モーリス・ファルマン機に同乗させてもらい、
赤羽から所沢まで飛んだ。
そこでいよいよ病みつきになり、
天竜川沿いの福長飛行機製作所に出掛けた。
練習費用がない故、
なんでもいいから
仕事を手伝わせてくれと頼みこんで、
許された。
その直後、根岸錦蔵が練習生として入所した。

天竜第3号しかないときだから、
練習生にしても思う通り飛べなかった。
そんなとき新聞記者が取材にやってくると、
彼女はあたかも
しじゅう飛んでいるかのように、
天竜第3号と並んで写真をとらされた。
いわばマネキン代わりであった。

今井小まつに大そう同情した根岸錦蔵は、
卒業して帰京するとき、
父の許しを得て彼女を伴い、
日暮里根岸の隠居所の一室に同居した。
同じ部屋に、
二人の男性助手と合わせて
四人の共同生活が始まったのだ。
世間の眼は、既に二人は
愛人関係にあると思いこんでいたが、
それはかなり後になってからで、
十九歳の錦蔵の念頭には飛行機のことしかなかった。
彼女は、錦蔵にとって同志であり同行者であった。

今井小まつは文学少女でもあった。
雲井竜子というペンネームで、
雑誌「飛行」に随筆や
短編小説らしいものを発表していた。
常連であった。
彼女は、大正十一年一、二月号の「飛行」に、
「羽衣第1号」新生の経緯を書いている。
彼女は、「師、根岸氏」と呼び、
親愛をこめて根岸錦蔵を描写している。

羽衣第1号が完成したのは、
着手してから六ヵ月後の
大正十年四月二十八日であった。
『機は双翼を張って格納庫に納められた。
 立派な飛行機だ、
 外に優秀機はいくらも有る、
 がその困難が大きかっただけ、
 尚自分達の手に寄って完成せしめたと云う事が、
 此上ない許りで有ったから、
 日本一の様な気がして、
 気もそゞろ、
 少しの間も一つ処にジッと落ちついてゐられない。』
(今井小まつ)

「サクヤ シッカ ヒコウキ ヤク トクコイ」
(昨夜出火、飛行機焼く、疾く来い)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/37

アメリカ帰りの飛行家・石橋勝浪の格納庫から出火し、
かろうじて引き出した二機以外は全焼した。
羽衣第1号も姿をとどめなかった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12063013/1/38
空駆けた人たち 静岡県民間航空史
一九八三年三月二五日 第一版第一刷発行
定価二〇〇〇円
著 者 平木国夫
発行者 石川浅雄
発行所 静岡産業能率研究所
    浜松市元城町一四八ノ一三
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    電話〇五三四(五五)二三八七
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    東京都千代田区三崎町二の一二の二
    電話東京(二六五)八〇七七 〒101
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《今井小まつ・西原小まつ・雲井龍子》明治31年8月17日生【航空年鑑 昭和5】

【航空年鑑 昭和5】
出版者   帝国飛行協会
出版年月日 昭和5
p9【航空年鑑 昭和5】
〔画像〕p9【航空年鑑 昭和5】
https://dl.ndl.go.jp/pid/1177922/1/9

  航空名鑑
 (一、原籍 二、現住所 三、生年月日)
 (四、現職 五、航空略歷)
https://dl.ndl.go.jp/pid/1177922/1/266

   今井小まつ
一、京都府天田郡福知山字内記五一
二、淸水市三保出來輪田二二二一ノ二
三、明治三十一年(1898)八月十七日
四、二等飛行機操縦士
五、
https://dl.ndl.go.jp/pid/1177922/1/272
昭和四年十二月二十日印刷
昭和五年 一月 一日發行 頒價金參圓五拾錢
編輯兼發行者 道永悌三
       東京市芝區櫻田本郷町七
印刷者    丸木 弘
       東京市京橋區木挽町八ノ一
印刷所    丸木印刷所
       東京市京橋區木挽町八ノ一
發行所    財團法人 帝國飛行協會
       東京市芝區櫻田本郷町七
       電話 銀座(57)〇一六七番 三七〇三番
       振替 東京二九六三六番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1177922/1/323
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《今井小まつ・西原小まつ・雲井龍子》戸塚町七九〇【自動車所有者名簿】昭和9年

【自動車所有者名簿】昭和9年
出版者   日本自動車興信所出版部
出版年月日 昭和9
p5【自動車所有者名簿】昭和9年
〔画像〕p5【自動車所有者名簿】昭和9年
番 號  一〇八三
車 名  新フォード
使用別  乘
住 所  淀、戸塚町七九〇
氏 名  今井小まつ
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【東京電話番号簿 昭和2年10月1日現在】
出版者   東京中央電話局
出版年月日 昭和3
西原龜三 牛込34-2787 豐、戸塚伊勢原、七九〇
西原龜三 銀座57-3636 麴、内幸、一ノ五
            記者同盟會方
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