◆水島銕也

《水島鐵也》[神戸高等商業學校:職員]【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年

《水島鐵也》
[神戸高等商業學校:職員]
【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】

【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】
[神戸高等商業學校一覧]自明治36年4月 至明治37年3月
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/1
 第五章 職員          p28/91
○學校長             《水島鐵也》   大分士族
○教授
 簿記、倫理           《東奭五郎》   長崎平民 
 物理、化學、幾何、英語 工學士 《大山爾也》   兵庫平民
 作文、讀書           《中川 静》   長崎平民
 英語              《小久保定之助》 愛知平民
 經濟通論       商業學士 《内池廉吉》   福島平民
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/28
○助教授
 商業算術、代數         《小野十郎》   東京平民 p29/91
○雇外國人
 英語   《ゼームス、ジョセフ、ダウリング》   米國人
○講師及教員(囑託順)
 體操   休職陸軍歩兵大尉   《井上昌基》   鳥取平民
 法學通論 京都帝國大學法科大學教授
       法學博士 法學士  《高根義人》   東京平民
 博物   御影師範學校教諭   《高橋憲一》   栃木平民
 書法              《佐伯小彌太》  長崎士族
 簿記授業補助          《竹内正太郎》  静岡平民
 商業通論      商業學士  《鎌田 馨》   香川平民
○校醫 衛生監督(囑託)
    兵庫縣立神戸病院
        眼科醫長 醫學士 《西村美亀次郎》 福岡平民
○事務員
 教務課主幹(囑託)   教授  《東奭五郎》
 商品課主幹(囑託)   教授  《大山爾也》
 圖書課主幹(囑託)   教授  《内池廉吉》
 學生課主幹(囑託)   助教授 《小野十郎》
 會計課主任       書記  《中野喜一郎》  滋賀平民
 庶務課主任       書記  《窪田安次郎》  石川士族
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/29
 圖書課         書記  《大島儀十郎》  茨城平民 p30/91
 會計課         雇   《山本直四郎》  長崎士族
 學生課         雇   《黒坂延麿》   岡山平民
 庶務課         雇   《折田徳道》   鹿児島士族
 第六章 生徒
○生徒姓名(イロハ順)
 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/30
明治36年10月23日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/41

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

《水島鐵也》[神戸高等商業學校:沿革略]【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38

《水島鐵也》
[神戸高等商業學校:沿革略]
【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】

《水島鐵也》校長就任:明治36年1月

【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】
[神戸高等商業學校一覧]自明治36年4月 至明治37年3月
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/1
 第一章 沿革略         p5/91
本校ハ明治三十五年三月二十七日
勅令第九十八號ニヨリ設置セラル、
是ヨリ先キ

明治三十二年
文部省ハ高等商業學校増設ノ必要ヲ認メ
第二高等商業學校設立ノ費用ヲ
第十三帝國議會ニ要求シ

明治三十三年三月
設計委員ヲ設ケテ之カ創立ニ着手セリ
是レ即チ本校ナリ


明治三十五年三月二十七日
勅令第九十九號ヲ以テ
本校職員ノ定員ヲ定メラル

明治三十五年六月
校舎建築ノ工事ニ着手ス、
校舎ノ位置ハ
神戸市葺合町筒井村ニ在リ
即チ
摩耶山麓ノ新開地ニシテ北、
山ヲ負ヒ南、
海ニ臨ミ
土地高燥寒喧好適ノ處ナリ
其敷地
一萬千八百餘坪ト
創立費中
金五萬圓ハ神戸市ノ献納ニ係レリ

明治三十六年一月九日
東京高等商業學校教授
水島鐵也校長ニ任セラル

 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/5
明治36年10月23日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/41

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

《水島鐵也:高等商業學校教授》[商業教員養成所:主任]明治32年5月

《水島鐵也:高等商業學校教授》
[商業教員養成所:主任]明治32年5月

[商業教員養成所]明治32年5月 主任 就任
[商業教員養成所]明治35年1月 主任 辞任

【東京高等商業学校一覧. 明治36-37年】
 明治36年12月28日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813079/113
[商業教員養成所一覧]  p92/117
  學年曆(東京高等商業學校ニ同シ)
  沿革概略
 本所ハ明治三十二年三月
 文部省令第十三號
 實業學校教員養成規程ニ依リ
 商業學校及商業補習學校ノ教員タルベキ者ヲ
 養成スルノ目的ヲ以テ
 高等商業學校内ニ設置シ
 同校長之ヲ管理ス、
 五月       ※明治32年5月
 高等商業學校教授
 水島鐵也主任ヲ囑託セラル、

 ―略―
 九月授業ヲ開始ス

 明治三十五年一月 ※明治35年1月
 水島鐵也主任ヲ辭シ

 高等商業學校教授
 東奭五郎主任ヲ囑託セラル
 四月
 東京高等商業學校ニ本所ヲ附設セラル、
 同月東京商業學校教授
 東奭五郎主事ヲ命セラル、
 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813079/92
 明治三十六年一月  p92-93/117
 主事東京商業學校教授
 東奭五郎
 神戸高等商業學校教授ニ任セラル、 ※明治36年1月
 二月
 東京商業學校教授
 佐野善作主事ヲ命セラル
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813079/93

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

《水島鐵也:明治20年卒業》【東京高等商業学校同窓会々員録】明治44年

《水島鐵也:明治20年卒業》
【東京高等商業学校同窓会々員録】明治44年

【東京高等商業学校同窓会々員録. 明治44年11月改】
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779936/1
《水島鐵也》 明治二十年卒業  p61/88
神戸市葺合町 神戸高等商業學校長
神戸市葺合字熊内二一一七ノ一
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779936/61

【東京高等商業学校同窓会名簿. 大正3年12月改正】
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/912796/1
《水島鐵也》 明治二十年卒業  p80/119
神戸市 神戸高等商業學校長
神戸市葺合字熊内二一一七ノ一
(熊内ノ池ヨリ東二丁程)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/912796/80

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

《水島銕也》【東京高等商業学校一覧】明治23年~明治34年

《水島銕也》
【東京高等商業学校一覧】明治23年~明治34年

『東京高等商業学校』明治20年3月卒業
『大坂藤田組』明治23年

【東京高等商業学校一覧. 明治23-24年】※明治23年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813073/60
 本校出身者姓名    p41/66
《水島銕也》 大坂藤田組 p44/66
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813073/44

『横濱正金銀行』明治25年~明治28年
【東京高等商業学校一覧. 明治25-26年】
[高等商業學校一覧]明治25年、26年 p1/150
 明治二十年三月          p55/150
《水島銕也》 横濱正金銀行      p55/150
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813074/55
[高等商業學校一覧]從明治26年 至明治27年  p77/150
 卒業生 名ノ上ニ●印アルハ死亡者ナリ     p121/150
 明治二十年卒業               p125/150
《水島銕也》 大分縣士族 横濱正金銀行紐育支店 p125/150
明治27年2月27日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813074/145

【東京高等商業学校一覧. 明治27-28年】※明治27年―30年
[高等商業學校一覧]從明治27年 至明治28年  p1/308
卒業生 名ノ上ニ●印アルハ死亡者ナリ      p44/308
 明治二十年卒業               p47/308
《水島銕也》 大分縣士族 横濱正金銀行紐育支店 p47/308
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/47
明治28年1月31日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/73
[高等商業學校一覧]從明治28年 至明治29年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/74
 卒業生 名ノ上ニ●印アルハ死亡者ナリ  p114/308
 明治二十年卒業            p117/308
《水島銕也》 大分縣士族  横濱正金銀行 p117/308
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/117
明治29年2月13日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/145

『東京高等商業學校:教授』明治29年~明治34年
[高等商業學校一覧]從明治29年 至明治30年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/146
 商議議員 就職順   p152/308
第一銀行頭取      澁澤榮一
三井物産會社専務理事  益田 孝
正金銀行頭取      園田孝吉
日本鐵道會社長     小野義眞
三菱社取締役      莊田平五郎
明治生命保険會社長   阿部泰藏
法科大學教授 法學博士 和田垣謙三
農商務次官       金子堅太郎
農商務省商工局長    安藤太郎
文部書記官       永井久一郎
日本郵船會社長     近藤廉平
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/152
 職員 ×印ハ他ヨリ兼務ノモノ(29年10月末現在) p152-153/308
學校長 兼 文部省参事官 農商務省参事官 《小山健三》p153/308
 教員
教授 商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》   p153/308
講師 経済     文學士  《天野爲之》 p153/308
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/153
明治29年11月28日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/213
[高等商業學校一覧]從明治30年 至明治31年 p215/308
教授 商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》   p224/308
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/224
明治30年12月23日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813075/303

【東京高等商業学校一覧. 明治31-32年】
[高等商業學校一覧]從明治31年 至明治32年  p1/201
教授 商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》  p10/201
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813076/10
明治31年12月22日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813076/98
[高等商業學校一覧]從明治32年 至明治33年 p99/201
 教授
商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》 大分縣士族    p108/201
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813076/108
 商業教員養成所一覧               p176/201
 職員
管理者 高等商業學校長兼 大蔵省参事官 《駒井重格》p188/201
主 任 高等商業學校教授        《水島鐵也》p188/201
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813076/188
明治33年2月28日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813076/196

【東京高等商業学校一覧. 明治33-34年】
 自明治33年 至明治34年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/2
 職員
校長 兼 大蔵省参事官 《駒井重格》 東京府士族  p9/204
教授
商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》 大分縣士族    p9/204
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/9
 商業教員養成所一覧               p79/204
 職員
管理者 高等商業學校長兼 大蔵省参事官 《駒井重格》p91/204
主任  高等商業學校教授        《水島鐵也》p91/204
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/91
明治33年12月1日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/96
[高等商業學校一覧]從明治34年 至明治35年    p98/204
 附 商業教員養成所一覧
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/98
教授
商業學、簿記、商業實踐 《水島鐵也》 大分縣士族 p107/204
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/107
 商業教員養成所一覧              p181/204
 職員
管理者 高等商業學校長事務取扱文部省参事官 《寺田勇吉》p193/204
主任  高等商業學校教授          《水島鐵也》p193/204
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/193
明治34年12月28日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813077/199

【東京高等商業学校一覧. 明治35-36年】
 學年曆(自明治35年9月11日 至明治36年9月10日)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813078/2
《水島鐵也 記載なし》 p10/116
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813078/10
明治36年2月26日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/813078/111

『神戸高等商業学校:校長』明治36年~
【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】
[神戸高等商業學校一覧]自明治36年4月 至明治37年3月
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/1
 第五章 職員          p28/91
○學校長 《水島鐵也》 大分士族 p28/91
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/28
 第六章 生徒          p30/91
○生徒姓名(イロハ順)
 一 豫科第一部 百三十人
大邊 弘》 福岡平民
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/30
明治36年10月23日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/812762/41

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

《水島銕也》『履歴:明治23年~明治36年』【東京高等商業学校一覧】より

《水島銕也》
『履歴:明治23年~明治36年』
【東京高等商業学校一覧】より

『東京高等商業学校』明治20年卒業

『大坂藤田組』明治23年

『横濱正金銀行』明治25年~明治28年
 『横濱正金銀行』    明治25年
 『横濱正金銀行紐育支店』明治26年~27年
 『横濱正金銀行』    明治28年

『東京高等商業學校:教授』明治29年~明治34年
※上記【東京高等商業学校一覧】より

『神戸高等商業学校:校長』明治36年~
※上記【神戸高等商業学校一覧. 明治36-38年】より

詳細:別稿に記載。

『大坂藤田組』明治23年

【稿本本山彦一翁伝】昭和4年9月14日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1178393/381
翌十九年の春 ※明治19年(1886)  p104/384
福澤先生は本山君を伴ひ
東海道を大阪まで旅行せられた、
各地における慶應義塾出身者はもとより、
地方長官を始め有力者擧つて歡迎の席に列なり、
先生の徳風の今更都鄙に遍ねきものあるに
驚倒せしめたとゝもに、
本山君は自然に多くの知人を地方に得ることゝなり、
将来に資するところ頗る大なるものがあつた。

偶々この時
大坂藤田組において支配人級に
新進の士を求むるに急なるものがあつたので、
本山君の知人でかつて
慶應義塾にあり、
今日日本郵船會社の支配人として
實業界に雄飛してゐた
吉川泰次郎氏の紹介で、
こゝに本山君はその支配人に
招聘せられることになつたのである。

 十三 藤田組支配人時代
明治七年學窓を出でゝより
十餘年間、
官吏たるにあらざれば
新聞社員たりし
本山彦一君は、
明治十九年七月一日
始めて實業界の人として
大坂藤田組に入り、
二級社員として
月給百圓を給與さるゝ身となつた。

いふまでもなく
藤田組藤田傳三郎氏の經營するところで、
當時専ら鑛山および農林業に從事し、
資本の豊富なると、
事業に活気ある點において、
巍然として財界に聳へてをつた。
 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1178393/104

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

[神戸大学]2014年04月22日
神戸大学の礎である神戸高等商業学校の初代校長を務めた
水島銕也先生 (1864~1928) 生誕150年を記念して、
神戸大学主催、神戸大学六甲台後援会、凌霜会後援で
講演会と進学相談会を平成26年5月17日(土)に、
水島先生生誕の地、大分県中津市で開催します。
 ―略―
http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/info/t2014_04_22_01.html

[水島銕也氏の『懐舊談』]【六十年史】兵庫県立第一神戸商業学校

[水島銕也氏の『懐舊談』]
【六十年史】兵庫県立第一神戸商業学校

【六十年史】兵庫県立第一神戸商業学校
 昭和13年11月20日発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1278420/601
[水島銕也氏の『懐舊談』] p256-257/605
最後に同窓會誌第七號所載の、
前官立神戸高等商業學校長
故水島銕也氏の『懐舊談』を茲に揚げ、
次に明治十六年時代の同氏の日誌を
参考の爲めに記してみよう。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1278420/256
「元町時代の校舎と生徒」 p257/605
創立當時の校舎は
今の三宮停車場の北の方に
在ったさうであるが、
是は間もなく元町三丁目に移された。
余の入學したのは
明治十四年入学で、
即ち元町時代であつた。
 ―略―
又此校舎の西手の小路に沿うて、
三戸の長屋があつた。
是が寄宿舎として用ひられ、
教員と生徒と合宿して居た。
當時の生徒は年齢も長幼混合で、
三十近いものもあれば、
十五六のものもあり、
又慶應義塾で洋學を修業したハイカラも居れば、
未だ舊慣を脱せぬ貧乏士族の子弟もあり、
現に西南戦争の時賊軍に投じて
奮戦苦闘した勇士も居つた位である。
 ―略―
其頃は、國會開設請願の運動が激烈で、
政治熱が旺盛であった爲め、
政談演説の時は必ず傍聴に出掛け、
餘暇には互に政論を戦はし、
月に一二回づつ討論會を催し、
教員も生徒も打混じて經濟問題の研究旁、
辯舌を練磨すると云ふ次第で、
活気は所内に横溢して居った。
但し運動遊戯の類は其當時
まだ何れの學校にも行はれず、
且つ講習所には運動場も無かった爲め、
此方面の活動は皆無であった。

「大分縣中津との関係」

余は大分縣中津町の出身であるが、
余の郷里と神戸商業講習所とは、
非常に深い関係がある。


即ち講習所創立の當時、
森岡兵庫縣令は其創立に関する萬般の事を、
中津出身の福澤先生に相談せられ、
先生は門下生なる
甲斐織衛氏を所長とし、
飯田平作を教員として、
之が創立の任に當らしめたが、
此両氏共
中津の人であったので、
我校の創立事務は偶然にも
中津人に依って取扱はれたのである。

加之、創立後數年間に教鞭をとりたる人々の中に、
福田又三氏、岡田松太郎氏、中村裳吉氏等の
中津人あり、
又第一回第二回の卒業生中に、
大坪文次郎、久保益良、尾林達三等の
中津人あり、
此外に卒業せずして退學したものが數人あった。

余も亦同郷の先輩を慕うて
入學した一人である。


余の入學當時の所長は、
第二代目なる箕浦勝人氏であった。
同氏は中津の人ではないが、
矢張り大分縣人である。
第三代目は鹿島秀磨氏で、
第四代目が又中津人
三原國一郎氏であった。

其上
久保益良氏が十三年に卒業後、
十數年間簿記の教師として勤續せられた為め、
其間の生徒の中に
中津人の絶えたことは殆んど無かった。
實に不思議な因縁である。

「維持の困難と生徒の運動」
 ―略―
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1278420/257

【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

[水島鐵也:渠は躯幹長大にして顔また長し]【神戸権勢史】大正2年

[水島鐵也:渠は躯幹長大にして顔また長し]
【神戸権勢史】大正2年

【神戸権勢史】大正2年
[水島鐵也]  p168-169/187
◎以上の外、
 神戸教育界に一頭地を抜き
 亭々として聳ゆるものは
 神戸高商の水島鐵也なり
 渠は大分の産、
 姫路中學を出で、
 神戸商業講習所より
 東京高等商業學校に入りて
 當時學才絶倫の聞へ高く、
 卒業後直ちに母校に教鞭を取れるが
 後ち去つて
 横濱正金の紐育支店長となり
 再び歸つて東京高商の教授となり
 其後
 鳴瀧幸恭、山本繁造等が
 當時の文部次官奥田義人に運動して
 高等商業を神戸に建設するに至り、
 明治三十六年來りて校長となり、
 現今に及びたり、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949359/168
◎渠は躯幹長大にして
 顔また長し、
 華やかなる智、
 混々たる才気を帯びざるも、
 周到なる注意と、
 穏健なる思想は其重味ある態度に依りて
 學生を感化する上に無限の威力を発揮し居れり、
 渠が東京、大阪、神戸等の
 高商學生間に畏敬せられ居る事は
 非常なるものにて
 寧ろ不思議に感ず、
 先年研究科問題の沸騰したる當時、
 渠の熱涙は克く學生等を反省して
 大事に至らしめざりし手腕は
 今尚世人の推賞する所なり、
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/949359/169
大正二年五月二十日印刷
大正二年五月三十日發行
定價 金 貳圓六拾錢
著者 發行者 本郷直彦
       神戸市楠町二丁目六十四番邸
印刷者    小國勇吉
       神戸市橘通一丁目三十一番地
印刷所    小國開文堂
       神戸市橘通一丁目三十一番地
發兌元    平野寶盛堂
       神戸市兵庫本町通江川町
       電話 本局 二八五六番
發賣所    熊谷久榮堂
       神戸市元町七丁目
       電話 本局  八〇三番
發賣所    寶文舘支店
       神戸市元町五丁目
       電話 本局  五四六番
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』

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