【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
著者 五月書房編集部 編
出版者 五月書房
出版年月日 1994.7

〔画像〕p3【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
https://dl.ndl.go.jp/pid/13259609/1/3
読賣新聞 大正八年三月二十日(木曜日)
第一萬五千七十四號
(第三種郵便物認可)
[よみうり婦人附錄]
職業婦人(十三)
髪を結ふ爲めに生れて來た
伊賀とらさん
京橋は宗十郎町のとある辻、
水菓子屋の隣の小じんまりとした一構への
△格子戸を開けて訪ふと
ふうはりと床しい香油の香りが鼻をうつて、
ズラリと並んだ鏡臺の前にはさる實業家の奥樣や
艶つぽい美しい女達の座が並び
背後には白い仕事着を着た梳手が十人餘りも
せつせつと丈(たけ)なす黑髪を梳いてゐます。
之は女髪結の名人として知らるる
《伊賀おとら》さんの御宅です、
《おとら》さんは
一日に百人からの頭髪を美事に結ひ上げて、
一日に百人からの頭髪を美事に結ひ上げて、
年中殆んど
△一日の休みもなしに、
趣味本位に此の職に從事されてゐますが、
如何にも一藝に達した名人らしい氣分に充ちた、
快活な調子で今結ひ上げた意氣な丸髷に
荒櫛を入れながら
『左樣ですね、
私はまア他人さんの髪を結ふために
此の世に生れて來たのぢやないかと、
自分ながら思ふことがありますよ。
その位
△斯うして手筋の丈(たけ)なす黑髪を
自由に思ふ通り弄(いぢ)つてみるのが、
ほんとに樂しみなんです。
がこれでも其日々々の氣分で少しは違ひます。
何でも一時間に廿位、
まるでオートバイのやうに
さつさと結ひ上げて了(しま)つた時の方が、
自分でも好く出來上つたと思ふことが
多(おほ)うございますね。
併し斯んな時には愉快は愉快ですが、
矢張ほんとに
△疲れて了(しま)ひますよ、
何しろ毎朝五時頃から朝飯までに
華族さんや下町の大きなお邸から
お迎(むかひ)の自動車を戴いて
ずうと一廻りして、
それから夜分までは此通り
自宅で結ひ續けるのですから、
折々はまアそつと抜け出して
箱根や熱海などへ骨休みに出かけることもあるのです、
幼い時の記憶を辿ると小學校をそつと休んで
親に叱られても友達の頭髪や
△知人の髪を弄(いぢ)つてばかりゐました。
どうも全くこれは有(も)つて生れた私の職分なので
ござんせうネ』と、
談(はな)す中にも《おとら》さんの手は少しも休まず
丸髷に島田に束髪に鬘(かつら)のやうな
美しいのを結ひ上げてゆくのでした。
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復刻版 よみうり婦人附録 第6巻
一九九四年七月二八日 発行
定価 四九、四四〇円
(本体四八、〇〇〇円・税一、四四〇円)
編 者 五月書房編集部
発行者 鶴田 実
発行所 株式会社 五月書房
東京都千代田区猿楽町二ノ六ノ五
郵便番号 一〇一
電話(〇三)三二三三~四一六一
FAX(〇三)三二三三~四一六二
印刷/泰明舎
製本/日進堂
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