◆伊賀とら(登良)

《伊賀とら》《伊藤つね・美粧倶樂部》《上村松園(號)上村津禰(つね)》【日本紳士録 31-33版】昭和2-4年

【日本紳士録 31版】昭和2年
著者    交詢社 編
出版者   交詢社
出版年月日 昭和2
《伊賀 とら》
理髪業
四條通寺町東入二丁目御旅町
所得税一三〇
《伊藤 ツネ》
今出川通烏丸西入今出川町
所得税:七五七
電話:西陣七二七
《上村 つね》
號 松園
邦畫家、帝展審査員、
間之町通竹屋町角
所得税:一五六

【日本紳士録 32版】昭和3年
著者    交詢社 編
出版者   交詢社
出版年月日 昭和3
《伊藤 ツネ》
美粧倶樂部、美容術師、
今出川烏丸西入
所得税:七四四
營業収益税:七八
電話:中⑦〇二九四
《上村 津ね》
號 松園
邦畫家、
間之町丸太町下
所得税:一九〇

【日本紳士録 33版】昭和4年
著者    交詢社 編
出版者   交詢社
出版年月日 昭和4
《伊賀とら子》
結髪業、
河原町四條下
所得税:一三〇
電話:下⑤七四二九
《伊藤 つね》
美粧倶樂部、美粧術師、
四條東洞院東
所得税:六三二
營業収益税:八四
電話本②〇二六九 
《上村 津禰》
號 松園、邦畫家、
間之町丸太町下
所得税:一八六
電話:上③三二五五
p754【日本紳士録 33版】昭和4年
〔画像〕p754【日本紳士録 33版】昭和4年

【日本紳士録 42版(昭和13年)】
著者    交詢社 編
出版者   交詢社
出版年月日 昭和13
《伊賀 とら》
髪結業、
下京、四條寺町西
所得税:八七
電話:本②六四二九
《伊藤 ツネ》
美粧倶樂部、美容師
上京、今出川、烏丸西
所得税:四〇〇
電話:西➃〇七二七(2)
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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  近代 日本人の肖像
上村 松園
生没年 明治8年4月23日 〜 昭和24年8月27日
    (1875年4月23日 〜 1949年8月27日)
出身地 京都府
職業・身分 芸術家
別称  上村津禰(うえむら つね)、
    上村常子(うえむら つねこ)
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《伊藤つね子 美粧俱樂部 美粧術師》《上村津禰(上村松園)》【京都電話番号簿  大正11年10月改正】

【京都電話番号簿  大正11年10月改正】
出版者   京都中央電話局
出版年月日 大正11-13
20250621SS00001
〔画像〕p1【京都電話番号簿  大正11年10月改正】
長 中  五三〇
加藤ナツ 美の外
繩手、四條上、東
貸座敷

長 中 一五四二
加藤ウタ
新橋、繩手東
貸座敷

長 中 五〇三
加藤フサ 房乃家
新橋、大和大路東
貸座敷
中 四五六六共
開陽亭 別所常一
東山線、四條上
西洋料理
中 二九四
伊藤つね子 美粧俱樂部
四條、東洞院東
美粧術師
中 二九四
美粧倶樂部 伊藤つね子
四條、東洞院東
美粧術師
上 三二五五
上村津禰
間之町、竹屋町上
畫師
p107【京都電話番号簿  大正11年10月改正】
〔画像〕p107【京都電話番号簿  大正11年10月改正】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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【京都電話番号簿  大正13年9月15日現在】
出版者   京都中央電話局
出版年月日 大正11-13
中 二九四
伊藤つね子 美粧俱樂部
四條、東洞院東
美粧術師
中 二九四
美粧倶樂部 伊藤つね子
四條、東洞院東
美粧術師
本局 三二五五
上村津禰
間之町、竹屋町上
畫師
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《伊賀とら》伊藤夫婦の婚禮・京都の美粧倶樂部の會員等【日月日記 2の巻】昭和4年

【日月日記 2の巻】昭和4年
著者    月の家 著
出版者   天声社
出版年月日 昭和4.7
p3【日月日記 2の巻】昭和4年
〔画像〕p3【日月日記 2の巻】昭和4年

(昭和四年)一月廿一日  於 明光殿
伊賀とら氏
伊藤夫婦の婚禮に列せんとして
神苑に上れり

京都の美粧倶樂部の會員等 ※別稿に記載
高天閣に數十人訪ふ

日活の淺野雪子たゞ一人  ※別稿に記載
神苑に上りて吾を訪ふゆく
p99【日月日記 2の巻】昭和4年
〔画像〕p99【日月日記 2の巻】昭和4年
昭和四年七月廿七日印刷 日月日記二の巻奥附
昭和四年七月三十日發行 定價 金壹圓貳拾錢
編輯者 藤津 進
    京都府何鹿郡綾部町大字本宮村字本宮下三十二番地
印刷兼 瓜生鑅吉
發行者 京都府何鹿郡綾部町大字本宮村字東四ツ辻十三番地
印刷兼 天聲社
發行所 京都府何鹿郡綾部町大字本宮村字東四ツ辻十三番地
    振替大阪六〇五三四番
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《伊賀とら》髪を結ふ爲めに生れて來た【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994

【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
著者    五月書房編集部 編
出版者   五月書房
出版年月日 1994.7
p3【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
〔画像〕p3【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
https://dl.ndl.go.jp/pid/13259609/1/3
読賣新聞 大正八年三月二十日(木曜日)
     第一萬五千七十四號
    (第三種郵便物認可)
[よみうり婦人附錄]
 職業婦人(十三)
髪を結ふ爲めに生れて來た
伊賀とらさん

京橋は宗十郎町のとある辻、
水菓子屋の隣の小じんまりとした一構への
△格子戸を開けて訪ふと
ふうはりと床しい香油の香りが鼻をうつて、
ズラリと並んだ鏡臺の前にはさる實業家の奥樣や
艶つぽい美しい女達の座が並び
背後には白い仕事着を着た梳手が十人餘りも
せつせつと丈(たけ)なす黑髪を梳いてゐます。
之は女髪結の名人として知らるる
《伊賀おとら》さんの御宅です、
《おとら》さんは
一日に百人からの頭髪を美事に結ひ上げて、
年中殆んど
△一日の休みもなしに、
趣味本位に此の職に從事されてゐますが、
如何にも一藝に達した名人らしい氣分に充ちた、
快活な調子で今結ひ上げた意氣な丸髷に
荒櫛を入れながら

『左樣ですね、
 私はまア他人さんの髪を結ふために
 此の世に生れて來たのぢやないかと、
 自分ながら思ふことがありますよ。
 その位
△斯うして手筋の丈(たけ)なす黑髪を
 自由に思ふ通り弄(いぢ)つてみるのが、
 ほんとに樂しみなんです。
 がこれでも其日々々の氣分で少しは違ひます。
 何でも一時間に廿位、
 まるでオートバイのやうに
 さつさと結ひ上げて了(しま)つた時の方が、
 自分でも好く出來上つたと思ふことが
 多(おほ)うございますね。
 併し斯んな時には愉快は愉快ですが、
 矢張ほんとに
△疲れて了(しま)ひますよ、
 何しろ毎朝五時頃から朝飯までに
 華族さんや下町の大きなお邸から
 お迎(むかひ)の自動車を戴いて
 ずうと一廻りして、
 それから夜分までは此通り
 自宅で結ひ續けるのですから、
 折々はまアそつと抜け出して
 箱根や熱海などへ骨休みに出かけることもあるのです、
 幼い時の記憶を辿ると小學校をそつと休んで
 親に叱られても友達の頭髪や
△知人の髪を弄(いぢ)つてばかりゐました。
 どうも全くこれは有(も)つて生れた私の職分なので
 ござんせうネ』と、

談(はな)す中にも《おとら》さんの手は少しも休まず
丸髷に島田に束髪に鬘(かつら)のやうな
美しいのを結ひ上げてゆくのでした。
p46【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
〔画像〕p46【よみうり婦人附録:復刻版 第6巻】1994
https://dl.ndl.go.jp/pid/13259609/1/46
復刻版 よみうり婦人附録 第6巻
一九九四年七月二八日 発行
定価 四九、四四〇円
(本体四八、〇〇〇円・税一、四四〇円)
編 者 五月書房編集部
発行者 鶴田  実
発行所 株式会社 五月書房
    東京都千代田区猿楽町二ノ六ノ五
    郵便番号 一〇一
    電話(〇三)三二三三~四一六一
    FAX(〇三)三二三三~四一六二
印刷/泰明舎
製本/日進堂
https://dl.ndl.go.jp/pid/13259609/1/185
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《伊賀とら》桑島千代・三沢くに・門田きみ・関口ぶん【朝日新聞100年の記事にみる 5 (奇談珍談巷談 上 明治編)】1979

【朝日新聞100年の記事にみる 5 (奇談珍談巷談 上 明治編)】1979
著者    朝日新聞社 編
出版者   朝日新聞社
出版年月日 1979.5
p3【朝日新聞100年の記事にみる 5 】1979
〔画像〕p3【朝日新聞100年の記事にみる 5 】1979
https://dl.ndl.go.jp/pid/12284706/1/3

  最新流行の髪型
束髪ならば前のふつくり、
髷(まげ)ならば根の少し上つた方が流行(はや)る、
鬢(びん)は上鬢にして成るべく
顔のせゝこましくなる樣にするのが流行(はや)る、

茲に掲げた写真は目下京橋の白牡丹で開催中の
髪の結振競技会で撮影したものだ、
明治44年10月19日

(上段右から)
[や]の字を背負(しよつ)てる横顔は
《桑島千代》の結つた華族の令嬢某の高髷、

つぶし島田の俯向(うつむ)いたのは
新橋芸者のん子のを
《伊賀とら》が結つたもの、

玉の簪(かんざし)普通の島田は
《三沢くに》の結つた中流の細君、

(下段右から)
ツンと済まして御座る奥さんは
是なん旧新橋で小さんと言つた流行妓(はやりつこ)、
今然(さ)る物持に囲はれて大森の寓とやらから
態々(わざわざ)罷り越し
《門田きみ》に結はせた丸髷姿、

麻の葉形の羽織こそ名に負ふ
帝劇の女優初瀬浪子が
《伊賀とら》に結はせた女優巻で

海老茶の可愛い令嬢は
《関口ぶん》が中流令嬢向のマガレツト
p158【朝日新聞100年の記事にみる 5 】1979
〔画像〕p158【朝日新聞100年の記事にみる 5 】1979
https://dl.ndl.go.jp/pid/12284706/1/158
朝日新聞一〇〇年の記事にみる⑤
奇談珍談巷談 明治編
定 価 一五〇〇円
発 行 一九七九年五月一日
編 者 朝日新聞社
発行者 朝日新聞社 波多野公介
印刷所 共同印刷株式会社
発行所 朝日新聞社 東京・大阪・名古屋・北九州
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《伊賀とら》大本の熱心者にして祇園に女髪結業を營む婦人あり【壬申日記 7の巻】昭和7年7月

【壬申日記 7の巻】昭和7年7月
著者    月の家 著
出版者   天声社
出版年月日 昭和7.6
 月の家 著
 壬申日記 七の巻
 昭和七年 自 七月 一日
      至 七月卅一日
 p3【壬申日記 7の巻】昭和7年7月
〔画像〕p3【壬申日記 7の巻】昭和7年7月
https://dl.ndl.go.jp/pid/1137838/1/3
  編輯日誌 p137/201
〇大本の熱心者にして祇園に女髪結業を營む婦人あり
△毎日必ず百以上を結ふ
 その収納の内より幾割かを割いて
 毎月必ず大本へ謝恩參詣する
△或る日天恩郷に行くべく
 網の袋の中に幾百金かを入れて
 右腕に吊し乍ら電車に乘る
△二條驛で下車すれば袋の底は巧みに切り抜かれて
 中の貨幣は全く消えてゐた
△けれども本人平氣なもので、
 「神さんが此處まで請取に來て下さつたのだ」
 と其儘歸宅した
△「大本信者らしい態度は何としても床しく見られた」
 と語つて聽かした人がある。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1137838/1/137
昭和七年十一月十五日印刷
昭和七年十一月廿 日發行
壬申日記七の巻奥附
定價 一圓
編輯者     櫻井重雄
  京都府南桑田郡龜岡町字京町四十二番地
印刷者兼發行者 吉原常三郎
  京都府南桑田郡龜岡町字古世大垣内八十六番地
印刷所     第二天聲社
  京都府南桑田郡龜岡町荒塚内丸一番地
  振替大阪七五九一七番
https://dl.ndl.go.jp/pid/1137838/1/200
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《伊賀とら》女髪結の見た各地の婦人の風俗【近代婦人雑誌目次総覧 第9巻 (婦人世界)】1985.10

【近代婦人雑誌目次総覧 第9巻 (婦人世界)】1985.10
著者    近代女性文化史研究会 編
出版者   大空社
出版年月日 1985.10
 婦人の働き
 婦人世界 秋季增刊
女髪結の見た各地の婦人の風俗…伊賀とら子(九六)
p120【近代婦人雑誌目次総覧 第9巻 (婦人世界)】1985.10
〔画像〕p120【近代婦人雑誌目次総覧 第9巻 (婦人世界)】1985.10
https://dl.ndl.go.jp/pid/12092662/1/120
近代婦人雑誌目次総覧 Ⅱ期 第9巻
揃定価  六一、八〇〇円
(本体価格六〇、〇〇〇円)
一九八五年一〇月一六日 印刷
一九八五年一〇月二二日 発行
監修者 中嶌 邦
編集者 近代女性文化史 研究会
発行者 相川 仁童
発行社 株式会社 大空社
    〒115 東京都北区赤羽二ノ三六ノ一二
    電話 〇三(九〇二)二七三一
印 刷 平河工業社
製 本 東和製本
https://dl.ndl.go.jp/pid/12092662/1/264
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【ファッションドキュメンテーション (6)】1997-03
著者    ファッションドキュメンテーション研究会 編
出版者   神戸文化短期大学
出版年月日 1997-03
★女髪結の名人に結って貰った記:婦人記者
 婦人世界8(5)(1913)104-109
★女髪結の名人に結って貰った記(続):婦人記者
 婦人世界8(6)(1913)67-69
https://dl.ndl.go.jp/pid/2274728/1/43
★女髪結の見た各地の婦人の風俗:伊賀とら子
 婦人世界 8(12)(1913)96-99
https://dl.ndl.go.jp/pid/2274728/1/46
★髪結としての二十年:伊賀とら
 婦人界(東京社)(1917.12.1)62-64

ファッションドキュメンテーション No.6
    1997年3月31日
編集 ファッションドキュメンテーション研究会
編集責任 高橋晴子
発行 神戸文化短期大学
   〒673 明石市明南町2丁目1番50号
   tel 078-927-0771
   fax 078-927-0774
表紙デザイン 鈴木八朗
定価2,500円(本体2,427円)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2274728/1/55
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《伊賀とら》桑島千代・大沢たけ【東京一代女】邦枝完二 昭和25年(1950)

《伊賀とら》桑島千代・大沢たけ
【東京一代女】邦枝完二 昭和25年(1950)

【東京一代女】邦枝完二昭和25年(1950)
著者    邦枝完二 著
出版者   ジープ社
出版年月日 1950
p1【東京一代女】邦枝完二昭和25年(1950)
〔画像〕p1【東京一代女】邦枝完二昭和25年(1950)
  石の下に  p34-47/
https://dl.ndl.go.jp/pid/1642513/1/34
三十間堀の桑島千代、
南金六町の大沢たけ、
大阪から來た日吉町の伊賀とらと、
新橋の腕ッこきの髪結は、
島田、げいこ、つぶし、銀杏返し、
丸髷、桃割、唐人髷と、
それぞれの好みの髪を、
ちつとでも女ッぷりの佳くなるようにと、
腕に縒をかけて結い上げるのを、
自慢にしているのであるが、
一代前の、吉原から來た烏森のお夏が、
水髪が得意であつたごとく
お千代は鬢の取り方がいかにも巧く、
そろそろ秋風が吹きそめた旦那も、
お千代が、結い上げた鬢の色気を見て、
甘ッたるくしだれかゝれば、
あと一年は寿命が続くといわれるくらいの、
人に負けない特技を持つていた。

三人の梳手が、
朝から夕方まで立ッ放しで梳き続けても、
下地ッ子に早くから番をとらせておかないことには、
結つてもらいそこねるという大繫昌。
遠く柳橋や下谷からも、
景気のいゝのになると、
https://dl.ndl.go.jp/pid/1642513/1/35
俥で乗り着けるくらいであるから、
客溜りには、
いつも自分の番を待ついる芸者の、
五人や七人ないことはなかつた。

天野のオムライスや、
プランタンのホット・サンドヰツチが、
次々に配達されて、
聽いたり聽かせたりするのは、
座敷のうわさ、岡惚れののろけ、
芝居の話、着物の好み。
……岡惚れの話はしても、
そのくせ自分の旦那のことは、
これッぱかりも口にしないのが、
規則というのか、
習慣というのか、
一種の不文律になつているのも、
旦那大事の商売なればこそなのであろう。
https://dl.ndl.go.jp/pid/1642513/1/36
東京一代女 定価二百八十円・送料四十円
昭和二十五年九月 二十日印刷
昭和二十五年九月二十八日発行
著 者 邦枝 完二
発行者 佐藤淸四郎
印刷所 同盟印刷株式会社
発行所 株式會社 ジープ社
    東京都中央區銀座西二ノ一
    電話京橋(56)四三四〇・四九四一・七三四〇
    振替口座東京一九五一〇九
https://dl.ndl.go.jp/pid/1642513/1/226
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《伊賀いせ子》須磨 伊賀邸 昭和7年1月4日【壬申日記 1の巻】昭和7年

《伊賀いせ子》須磨 伊賀邸 昭和7年1月4日
【壬申日記 1の巻】昭和7年

【壬申日記 1の巻】昭和7年
著者    月の家 著
出版者   天声社
出版年月日 昭和7.6
 壬申日記 一の巻
 昭和七年一月一日
https://dl.ndl.go.jp/pid/1137768/1/8
 一月四日  於 須磨 伊賀邸
高木總務の滿洲行きをおくらんと
午前の八時龜岡をたつ
心地よく神苑晴れたり
汽車の窓に見る高殿は朝日かがよふ
高木總務小谷哲氏を伴いて
勇み出で行く奉天の旅
神戸にて高木一行と相わかれ
閑月伴ひ
須磨に向へり
伊賀いせ子舘に入りて
信徒と黄昏るるまで漫談をなす
須磨支部の中尾氏邸を訪ひ行きて
信徒ともに神言を宣る
尺八や三味に合して歌うたふ
咽喉の冴えをば聞かされにけり
小夜更くるまでも眠らず
信徒の讀む物語聞きてゐたりき
https://dl.ndl.go.jp/pid/1137768/1/15
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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※《伊賀ヒサ》と《伊賀とら》《伊賀いせ》の関連は不明。
【官報 1910年01月15日】明治43年
著者    大蔵省印刷局 [編]
出版者   日本マイクロ写真
出版年月日 明治43年
 〇貯金通帳亡失及盗難等
左記貯金通帳亡失及盗難等ノ事故ニ罹リタルニ付キ
若シ其所在ヲ發見シタル者ハ速ニ
最寄郵便貯金取扱局所ニ届出ツヘシ
 明治四十三年一月 郵便貯金局
記番號   ぬはか 一六二三
交付局所名 攝津 須磨
預人氏名  伊賀ヒサ
p11【官報 1910年01月15日】明治43年
〔画像〕p11【官報 1910年01月15日】明治43年
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2018年09月27日 05:15
「伊賀とら」さんのお墓:天王平(綾部市)
[小野雄二]平成30年9月23日

伊賀いせ子[伊賀とら(伊賀治子の姉)]
生 明治8年(1875)前後
歿 昭和10年(1935)10月11日 60歳

伊賀とら(伊賀治子)
生 明治13年(1880)前後
歿 昭和20年(1945)7月31日  65歳

松村正子(伊賀とら 長女)[小野一雄・雄二の伯母]
生 大正3年(1914)1月20日
歿 昭和62年(1987)1月25日  74歳

伊賀光枝(伊賀とら 二女)[松村正子の妹]
生 大正4年(1915)前後
歿 昭和5年(1930)12月15日  15歳

伊賀義男(伊賀とら 長男)
生 大正8年(1919)前後
歿 昭和19年(1944)7月30日  25歳
【大本 松村家代々神霊】を基に作成
平成30年(2018)9月24日
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須磨より伊賀伊勢子(伊賀とら姉)【東北日記 1之巻】昭和3年

須磨より伊賀伊勢子(伊賀とら姉)
【東北日記 1之巻】昭和3年

【東北日記 1之巻】昭和3年
著者    月の家 著
出版者   天声社
出版年月日 昭和3.8-4.2
   東北日記
 昭和三年七月十一日
梅田安子 伊賀伊勢 純子の三婦人
 ※伊賀伊勢:伊賀いせ(伊賀とら姉)
伊都雄 吉原 岩田氏 同車す。
 ※伊都雄:大国浩三(戸籍名)
  大国 弘(小野又一の姉)の夫
 七月十二日  於 高天閣
大津驛まで同車見送りたる
宣、信氏名左の如し。
京都より
出口日出麿、
伊賀治子(※伊賀とら)、
鎌光よね子、平野松三郎、木全仙右衛門、
大谷敬祐、粟辻忠造、荒川安史、南貴太郎、
三雲孝四郎、三雲麻子。
天恩郷より
加藤明子、日田井輝男、出村喜一郎。
宇治より
石田要之助(但し米原まで)。
大阪より
米倉一郎。
須磨より
伊賀伊勢子 ※伊賀治子(とら)の姉
の諸士にして、
大津に出むかへたる人々は、
西村爲次郎、藤丸、辻、堀江の夫妻諸氏なりき。
暑さの時節諸氏の厚情を感謝す。
又滋賀縣の農林主事補
北村常三氏の繁中の出迎を感謝す。
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2023年03月08日 05:40
《伊賀とら》義侠者の伊賀お寅
[下山京子]仲居變装記 常盤花壇
【一葉草紙】大正3年(1914)
 三 藝者氣質  p130/187
《お寅さん》は相變らず後姿を見せて仕事に餘念ない。
黄色い聲の賑かな話は彼方此方に起つて
既(も)う私の存在は認められて居ないらしい。
周圍の事情がこんなだから
私もツイ油斷してゐると突然横手から、
『若し貴女、一寸(ちょ)いと』
と優しげな聲がする。
ハツと膽(きも)を潰(つぶ)して向ふを見ると、
何時の間にか廿五六の束髪に
結(ゆつ)た品の好い奥樣風の人が立つてゐて、
『此方でお話をしませう』
と澄(すん)だ東京辯で次の間へ案内された。
丁寧に頭を下げると、
『私は《お寅》の姉ですが
 一體貴女は怎(ど)ういふ譯で―』
※伊賀いせ子[伊賀とら(伊賀治子の姉)]下記詳細
と凛々しい眼附で眤と見詰める。
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