【新体育 40(5)】昭和45年(1970-05)
出版者 新体育社
出版年月日 1970-05
https://dl.ndl.go.jp/pid/2373782/1/1
思い出のスポーツマン(4) 河井 勇
浅岡信夫君
大正10年頃、
桂公爵の愛妾だった元新橋芸者のお鯉さんが
銀座7丁目にナショナルというカフェーを開いた。
その頃のカフェーというのは
今の喫茶店とはちがう。
ビール、日本酒、洋酒ものめるし、
洋食もたべられる。
女給さんはエプロンを後に蝶むすびにして、
髪は耳かくしで、
いわゆる大正の女給姿である。
その頃は”銀ながし“と称する不良が
こういう飯食店に出入して
ゆすり、たかりをするので、
どこの店でも用心棒をたのんでいた。
このお鯉さんのナショナルの用心棒にたのまれたのが、
浅岡信夫である。
彼は早稲田の相撲部の大将、柔道2段、
ラグビー選手、陸上競技の花形である。
相撲の稽古で片腕を負傷して包帯で腕を吊っていながら、
数名の暴力団を2階から突き落した大奮戦ぶりは
浅岡武勇伝として、
古い銀座を知っている人には
いまだに語り草になっている。
〇
この浅岡は早稲田を出てから日活の俳優となり渡米したが、
あまりパッとせず、その後、
右翼や軍と連絡をとり上海へ渡り、紙商売をした。
それが当って上海ブロードウェー・マンションという
一流マンションに陣取って豪華な生活をしていた。
そのうちに大東亜戦争となって内地に引揚げて来たが、
親分肌で、引揚げの大将となって働いた。
その腕前が認められて、
ソ連からの引揚げも手伝って敦賀で活躍した。
引揚げの大将としての活躍で天下に名を知られたので、
衆議院選挙に出て、全国区で見事当選した。
だが当選は1回きりで終った。
その後、いろいろな斡旋業で成功し、
金も出来て熱海の海を見下す邸宅を買い、
庭の手入れをしているうちに、
崖からすべり落ちて、打ち所が悪く、
数年前、さすがの豪傑もあっけなく死んでしまった。
何しろ膂力(りょりょく)衆にすぐれ、
喧嘩ずきの豪傑だったので、
さまざまなエピソードを残したが、
最も有名なのは新橋カフェー事件である。
その頃はまだ銀座通りにカフェーの数も少なかったが、
「新橋カフェー」というのは、
銀座8丁目の新橋橋詰めの
今は天国のあるところにあった大きなカフェーだった。
そこの美人女給に浅岡が惚れた。
だが彼女にはもう一人、慶応の学生の愛人があって、
はからずも早慶戦ということになった。
この争いは仲裁に入るものがあって、
双方とも彼女から手を引くということになった。
浅岡は彼女を忘れるために陸上競技に熱中して、
上海で行われた極東選手権大会に出場し、
槍投でレコードを作って優勝して凱旋した。
彼の祝勝歓迎会の帰り、
銀座へ出て思い出深い新橋カフェーの下を通ると、
2階の窓際に、彼女とライバルの慶応生が顔を近づけて
話をしているではないか。
浅岡はそれを見るや否や、
階段をかけ上って慶応生を外へつれ出した。
2人は連れ立って、
何か二言、三言話していたと思ったら、
浅岡はいきなり相手を殴って、
新しい麦藁帽子を飛ばして、
それを踏みつぶした後、
腰車にかけて投げとばした。
慶応生は銀行の建物の台石の角に頭をぶつけて
人事不省に陥ってしまった。
そこへ夜警巡査の靴音が聞えて来たので、
浅岡は傍らを通った人力車をつかまえて、
「おい、どうしたい、
そんなに酔っ払っちゃ困るじゃないか」
といって車へかつぎこんで病院へつれ込んでしまった。
慶応生はまもなく意識をとりもどしたからよかったものの、
あのまま息を吹きかえさなかったら、
どんなことになったであろう。
この事件以来、彼の友人は、
今にどんなかかり合いになるかも知れないと警戒して、
彼といっしょに歩くのは御免だということになった。
〇
また、関西学院との対抗試合に遠征した時も、
負けてむかっ腹を立てていたのだろうか、
阪神電車の車掌と喧嘩して、
車掌の制服の片袖をちぎってしまって、
交番に拘留された。
神戸の牛肉店三輪で歓迎会をすべく
待っていた関学の選手たちは、
いつまでたっても早稲田の選手がこないので、
調べて見ると拘留されているというので、
貰いさげをしてもらったこともある。
浅岡は喧嘩好きで、毎日武勇伝を聞かせるので、
喧嘩の原因がよくそんなにあるものだねと聞いて見ると、
他人の喧嘩の仲裁に入って、
両方とも殴ってしまうというのだから
困ったものである。
兎に角、彼は漢楚軍談か、三国志か、
水滸伝の時代に生れていれば、
もっと目ざましい活躍をしたのであろうが、
生れてくる所と時代が少しずれていたようだった。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2373782/1/56
新体育 五月号 第四十巻 第五号
昭和四五年五月一日発行 二三〇円(送料一五円)
編集人 栗本義彦
発行人 小沢謙一
印刷人 中村 榊
発行所 株式会社 新体育社
東京都文京区本郷二丁目二九番六号
郵便番号113
振替東京一六七三四
電話(八一二)七四三五
https://dl.ndl.go.jp/pid/2373782/1/74
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