小池百合子

《サダト大統領夫人》東京義肢装具製作所を御訪問(昭和51年10月28日) 【五十年史】昭和58年(1983)

【五十年史】昭和58年(1983)
著者    鉄道弘済会会長室五十年史編纂事務局 編
出版者   鉄道弘済会
出版年月日 1983.2
《サダト大統領夫人》東京義肢装具製作所を御訪問
(昭51.10.28)
p170《サダト大統領夫人》【五十年史】昭和58年(1983)
p170《サダト大統領夫人》【五十年史】昭和58年(1983)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12089775/1/170
      五十年史 鉄道弘済会
      昭和58年2月25日発行
発   行 財団法人鉄道弘済会
      東京都千代田区麹町五ノ一
編   集 財団法人鉄道弘済会
      会長室 五十年史編纂事務局
印刷・製本 弘済印刷株式会社
      大日本印刷株式会社
https://dl.ndl.go.jp/pid/12089775/1/265
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年04月13日14:35
サダト大統領夫人 歓迎晩餐会:昭和51年(1976)10月30日
【季刊アラブ = العرب = The Arab (27)】1977-04

blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年04月13日14:40
ジーハン・サダト大統領夫人との単独会見:
小池百合子1978年1月15日
【季刊アラブ = العرب = The Arab (28)】1978-03
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《小池百合子》カイロ大学は入学式がなくていきなり軍事教練だった【バンガード 11(12)(132)】1990-12

【バンガード 11(12)(132)】1990-12
出版者   バンガード社
出版年月日 1990-12
「砂漠のルール」に潰えた石油成金国家
関西大学教授   テレビキャスター
 谷沢永一     小池ユリ子
p25【バンガード 11(12)(132)】1990-12
〔画像〕p25【バンガード 11(12)(132)】1990-12
https://dl.ndl.go.jp/pid/2858344/1/25

小池
入った大学を半年でやめてカイロに行き、
アメリカ大学でアラビア語を十カ月勉強して
カイロ大学に入学を許されました。

小池
カイロ大学は入学式がなくて
いきなり軍事教練だったのに
びっくりしましたが、
一年は愛国心という授業が必修科目なんです。
自分の国はなんでもよくて、
悪いのはイスラエルとアメリカだと教えこまれる。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2858344/1/26
こいけ・ゆりこ
昭和27年兵庫県生まれ。
51年エジプト・カイロ大学社会学科を卒業。
アラビア語の通訳、翻訳からテレビ、ラジオに進出。
テレビ東京系で放映の
「ワールド・ビジネス・サテライト」の
キャスターとして活躍中。
著書に『アラビア語会話』
『振り袖ピラミッドを登る』などがある。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2858344/1/27
バンガード[平成二年12月号 第11巻・第12号]
発行   平成二年12月1日
発行人  飯塚真玄
編集人  木場康治
発行所  TKC全国会
     〒162 東京都新宿区揚場町2-1
     軽子坂MNビル 電話03(235)5511
編集制作 東京ラインプリンタ印刷株式会社
定価   450円(税込)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2858344/1/52
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《飯森嘉助》アズハル大学学生寮町の身分証明書【中東研究 1992年9月(370)】

【中東研究 1992年9月(370)】
著者    中東調査会 編
出版者   中東調査会
出版年月日 1992-08
イスラーム世界へのアプローチ
 ~原点・断面・本流~
  飯森 嘉助
https://dl.ndl.go.jp/pid/2894847/1/18
飯森嘉助
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
長野県佐久市出身[1]。1960年信州大学教育学部卒業。
大学卒業後に一旦中学校教諭となるが、
その後アラビアの語学や文化などに関心を持ち
エジプトのアル=アズハル大学に留学し、
1968年同大アラビア語学部歴史文明学科を卒業。

アズハル大学学生寮町の身分証明書
p19【中東研究 1992年9月(370)】1

アズハル大学学生寮町の身分証明書
 p19-1【中東研究 1992年9月(370)】
〔画像〕p19-1【中東研究 1992年9月(370)】
https://dl.ndl.go.jp/pid/2894847/1/19
留学直前在日エジプト大使館前で、
筆者(飯森嘉助)、前列右から2番目
 p19-2【中東研究 1992年9月(370)】
〔画像〕p19-2【中東研究 1992年9月(370)】
https://dl.ndl.go.jp/pid/2894847/1/19
中東研究(月刊)
1992年9月号(第370号)8月25日発行
頒価1冊 1,300円(送料・梱包 別途200円)
発行者 三宅 和助
編集人 多田 利雄
発行所 財団法人 中東調査会
    東京都港区虎ノ門2丁目8番10号
    第15森ビル802
    電話 03(3591)0958
印刷所:日本印刷株式会社
表紙デザイン:佐川信子
本文校正・レイアウト:大原、岡、志田、西田
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《アブデル・カダール・ハテム》エジプトアラブ共和国副首相1974年2月23日【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03

【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
出版者   日本アラブ協会
出版年月日 1974-03
 p1【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
p1【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/1

エジプト副首相 カダール・ハテム
 p2【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
p2【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/2
   日本国民へのメッセージ
 日本を去るにあたって、
私は天皇、皇后両陛下、田中首相、及び
私を招待下さった三木副首相その他
関係各位にこころから感謝を申し上げます。
 ―略―
そして私が何より嬉しく思いましたのは、
去る二月二十一日の日本アラブ協会の
創立十五周年記念総会に出席できたこと、
同協会から私が名誉会長として推挙されたことであります。
 私は、将来、私がアラブ世界と日本との親善の促進に
お役に立つことが出来ることを心から念願している次第です。
 一九七四年二月二十三日
 エジプトアラブ共和国副首相
  アブデル・カダール・ハテム
 p3【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
p3【季刊アラブ = العرب = The Arab (22)】1974-03
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/3

 [最近のアラブ情勢]
 ◇ハテム エジプト副首相 訪日の結果
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/16
 [日本アラブ協会会報]
 ◇日本アラブ協会創立満十五周年記念総会
  ハテム・エジプト副首相歓迎レセプション
 ◇ハテム副首相並びに夫人歓迎レセプション
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/17
 ◇協会創立十五周年記念総会
  及びレセプション出席者
 ◇日本アラブ協会
  昭和四十九年度事業計画
 日本アラブ親善経済使節団報告
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/18
 アラブ訪問経済使節団報告会
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/19
アラブ 二十二号
昭和四十九年三月三十日 発行
編集兼発行人 中谷武世
発行所    日本アラブ協会
郵便番号 一〇六
東京都港区西麻布一丁目十一番八号
電話(401)八〇五二番
印刷所 中和印刷
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998569/1/22
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《ハーテム》Hatem, Mohamed Abdul Kader【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】

【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】
出版者 外務省中近東アフリカ局中近東課
出版年月日 1970
p3【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】
〔画像〕p3【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】
https://dl.ndl.go.jp/pid/11928474/1/3
《ハーテム》Hatem, Mohamed Abdul Kader
アラブ連合の政治家
61~62年 国務相
64~66年 文化・国民指導担当副首相
66年   アラブ社会主義連合書記局委員
 p52【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】
〔画像〕p52【中近東要人写真名鑑 昭和44年8月[現在]】
https://dl.ndl.go.jp/pid/11928474/1/52
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《北原百代》カイロの大学でアラビア語:旅行社国際ロータリー【ミルクロードの旅:乳業の原点を求めて】1983.11

【ミルクロードの旅:乳業の原点を求めて】1983.11
著者    斎藤邦樹 著
出版者   乳業ジャーナル
出版年月日 1983.11
 p129【ミルクロードの旅】1983.11
〔画像〕p129【ミルクロードの旅】1983.11
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011038/1/129
 古代文明と乳の発祥(エジプト編)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011038/1/77
◎エジプトに古代乳業の姿を求めて
 佐藤和正(藤和商事株式会社 取締役社長)
 改田 洋(雪印乳業(株)開発企画室)
 鈴木恵治(埼玉市乳株式会社常務取締役)
 1981年11月17日~26日

 政情不安の国
 サダト大統領暗殺
一九八一年十月七日の午後、
風光明媚な岩手県三陸海岸のある
ドライブインにバスがとまった。
人気のない店内にテレビがつけっぱなしだが、
画面の人影が何となくあわただしい。
見るともなしに目をやると
「サダト大統領暗殺」のスーパーが飛び込んで、
思わず愕然とする。
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011038/1/78
 エジプトの乳製品研究所
 先憂後楽

今回の旅行がサダト大統領暗殺事件で、
一時中止せざるを得なくなったことは前にも述べた。
そして、期日を変更し、
人数を縮小して、
再度行う事に決定した時
旅行社も国際ロータリーという、
エジプトに多くの実績をもつ
一般ツアーを利用することにしたのである。

この旅行社に「北原百代さん」という
女性コンダクターがおられるが
この人は古代エジプト史に興味をもたれ、
カイロの大学でアラビア語を学ばれ、
八年半もカイロ生活をされた人である。
おまけに向うでエジプト人と結婚されたという、
まさにエジプトに身も心も惚れ込んだという人。

エジプトのことなら何でも判る、
この北原さんに視察先について相談をしたのであるが、
われわれが視察を希望した一つである
「ナショナルリサーチ・センターの
 デーリー・リサーチ・ユニット」を見て、
「あら、ここは私の主人が勤めているところよ」
といったものである。

世の中、縁とは不思議なものであって、
北原さんのご主人は、
家畜の繁殖学を専攻され、
現在博士課程の勉強中であって、
このデーリーテクノロジー・リサーチ・
デパートメントに勤務しておられるという。
「そこへ行きたいのです」というと、
直ぐにご主人に連絡をとって
見学の手配を依頼してくれたものである。
 p80【ミルクロードの旅】1983.11
〔画像〕p80【ミルクロードの旅】1983.11
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011038/1/80
著者略歴 齋藤邦樹
     1929年、青森県五所川原生まれ。
     奈良中学から陸軍幼年学校在学中終戦。
     戦後は福島県白河において、
     加藤完治先生に師事。
     晴耕雨読の農業の勉強を続け、
     のち自ら酪農に従事。
     昭和30年よりアイスクリーム販売、
     牛乳販売を体験。
     昭和37年志して乳業ジャーナルを創刊。
     以来真の酪農乳業のあり方を求め、
     ヨーロッパ、アメリカ、中国、印度、
     ネパール、エジプト、ソ連など、
     世界数十ヶ国を視察。
乳業の原点を求めて
ミルクロードの旅
昭和58年11月1日 印刷
昭和58年11月15日 発行
定価 3,000円(送料250円)
著 者 齋藤邦樹
印 刷 成田商事株式会社
発行所 株式会社 乳業ジャーナル
    東京都千代田区丸ノ内1-4-5
    永楽ビル534
    〒100 TEL03(215)2762
    郵便振替 東京8-56716
https://dl.ndl.go.jp/pid/12011038/1/127
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1976年8月24日付 讀賣新聞
  国内観光線で油断?
 日航カイロ支店駐在員◎◎百合子さん(二四)は、
読売新聞社からの国際電話に「―略―」と、
次のように現地の状況を伝えている。
 国際ロータリー旅行社グループの
観光客二十六人には
日本からの添乗員三上さんと
現地ガイドの北原さんが同行しているが、
このうち北原さんはカイロのアパートで
◎◎さんと同室。
「―略―。こちらのグリーンバレー・ワアーズという
 観光会社がエジプト観光を一手に引き受けていて、
 北原さんはその日本人ガイド。―略―」
と心配していた。
日航カイロオフィスの駐在員
◎◎:(結婚時代の姓)百合子という名前で出ていましたね
 GK2Cbv0bIAAp718
〔画像〕GK2Cbv0bIAAp718
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緊急特集 都知事の「ウラの顔」
カイロで共に暮らした友への手紙
北原百代(きたはら ももよ)
百合子さん、
あなたが落第して大学を去ったことを私は知っている
 GK2PTzpbgAAdheY-30
〔画像〕GK2PtzpbgAAdheY
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《小池百合子》私が下宿した家、元貴族の未亡人の家、親戚や友人とはフランス語で話す【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08

【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08
出版者   潮流社
出版年月日 1986-08
  矢野弾が聞く!㊼
国際派女性からみた日本の政治
小池百合子(テレビ・キャスター)
 聞き手 矢野弾
 ((株)矢野経済研究所副社長)
https://dl.ndl.go.jp/pid/2832167/1/4
小池百合子
私が下宿した家は、
元貴族の未亡人の家でしたが、
親戚や友人とはフランス語で話すんですね。
だから、
アラビア語を使うのは
お手伝いさんと話すときだけなんです。
最初はフランス語を勉強しに来たのか、
アラビア語を勉強しに来たのか
わからないと思ったほどでした。
p8【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08
〔画像〕p8【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08
https://dl.ndl.go.jp/pid/2832167/1/5
小池百合子さん略歴
兵庫県芦屋生まれ。
カイロ大学文学部社会学科を
日本人で二人目、
女性としては初めて、
しかも首席で卒業。

対談を終えて
カイロ大学首席卒業ならではのことである。(弾)
p11【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08
〔画像〕p11【月刊カレント 23(8)(505)】1986-08
https://dl.ndl.go.jp/pid/2832167/1/11
月刊 カレント
昭和六十一年八月号
年極 三、五〇〇円(送料共)
一部   三二〇円(送料四五円)
昭和六十一年七月二十六日 印刷
昭和六十一年八月 一 日 発行
編集兼発行人 根岸龍介
印刷所    研友社印刷株式会社
発行所    株式会社 カレント
       代表取締役社長
       木内信胤
東京都港区赤坂八ノ十一 一四四
伊藤マンション二〇五
電話 〇三(四七九)四二六〇
振替口座 東京一ノ五二三〇七
郵便番号 一〇七
https://dl.ndl.go.jp/pid/2832167/1/42
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「小池百合子:エジプトのパパ」ハテム博士と使節団一行【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04

【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04
出版者   日本アラブ協会
出版年月日 1976-04
 アラブ親善経済使節団経過報告(概要)
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998572/1/8
 〇エジプト・アラブ共和国
此の国の訪問で主要なことは、
(1976)二月二十九日午後二時
中谷団長、今井副団長、
城野事務局長及び中谷会長令嬢、
森田事務局次長等が大統領公邸に於て
サダト大統領夫人と会談し、
その結果
サダト大統領夫人の希望により
十月頃の訪日が大体決まったことである。
これには
イスマイルファミー副首相兼外務大臣夫人も
同伴される予定である。
 ―略―
(1976)二月二十七日のアレキサンドリアの
日本エジプト友好協会の一行歓迎会の席上、
アブト会長より今年十月十二月の間に、
アレキサンドリアの市長、市会議員、
学者、医者、文化人、ビジネスマンを含む
約百六十名の親善使節団の訪日が提案され、
我方は、サダト大統領夫人の訪日と
カチ合う心配がない限り、
アレキサンドリア使節団の受け入れに
前向きに協力すると答えた。

また、カイロでは、ハテム博士を会長とする
日本エジプト友好協会の歓迎茶話会、
カレーク駐日大使の岳父に当られる
ダマールダッシュ博士の歓迎晩餐会、
日本大使館中村代理大使主催の歓迎晩餐会等相次ぎ、
日本とエジプトとの親善ムードの高揚に
充分資するところがあったと確信する。
一行はまたアラブ連盟本部を訪れ、
ヤヒア次長と会談した。
席上、日本アラブ・チャムバー・コマースの
件にも言及された。
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998572/1/9
  アラブ親善経済使節団氏名
団  長 中谷 武世(日本アラブ協会会長)
副団長  今井  実(前シリア駐在大使)
事務局長 城野  宏(日本アラブ協会副理事長)
団  員 辰巳千代造(新構造技術(株)社長)
     小池 武夫(大日本土木社長)
     倉田  進(新日本製鋼 技術センター所長)
     野村  実(住友金属 NCPOC室理事)
     矢作 泰三(住友商事 海外総合開発室長)
     池内 ラム(ニューパラット商会)
     田中 輝治(日本短波放送 キャスター)
     蔭山  剛((株)大丸部長代理)
     森田市三郎(日本アラブ事務局次長)

アレキサンドリアの日本友好協会の幹部と使節団一行
 p10-1【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04
〔画像〕p10-1【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04

本協会名誉会長ハテム博士と使節団一行
 p10-2【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04
〔画像〕p10-2【季刊アラブ = العرب = The Arab (25)】1976-04
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998572/1/10
「アラブ」二十五号
昭和五十一年四月十日 発行
編集兼発行人 中谷武世
発行所    日本アラブ協会
東京都千代田区永田町二-九-六
電話(五八〇)八五一〇・八一〇六
https://dl.ndl.go.jp/pid/10998572/1/14
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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アゴラ 言論プラットフォーム
エジプト軍閥の“子飼い"小池百合子の運命①
「カイロ大学声明」を出した組織の正体(特別寄稿)
浅川 芳裕 2020.06.24 06:02
小池氏とハーテム氏の関係を“政府系新聞”から読み解く
政府系新聞アハラーム紙の記事(2016年8月3日付)で
「小池氏は非常に特殊な女性である。
 ハーテム情報大臣の支援を受け、
 彼女は社会学科を卒業。
 彼は小池を自分の子供のようにみなしていた」(抜粋)とある。

小池氏自身も同紙インタビューで、
ハーテム氏は「私のエジプトのパパ」
「私のスピリチュアル・ファーザー(守護者)」
などと複数回、語っている。

例えば、2004年3月2日付けのアハラーム紙では
「カイロ大学時代の教授陣(複数形)は?」の質問に対して、
「私の教授はアブドゥルカーデル・ハーテム博士で、
 私にとってエジプトの父です」と答えている。

「ハーテム氏に面倒をみてもらい、
 小池氏はカイロでの留学中のかなりの期間、
 ハーテム家で家族と子供たちと住んでいた」
(アハラーム紙2011年9月3日付)
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2024年04月13日14:05
私の原点 日本アラブ協会事務局長 小池百合子
【季刊アラブ = العرب = The Arab (54)】1989-10
実は私の留学中、
あの財政難のエジプト政府から奨学金を頂戴した。
また、下宿先や大学の教授、
友人たちからの親切は何物にも代えがたい。
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池田信夫 reposted
KIYOSAN
都知事でも十分ヤバい。
東京都はカイロ大学に300億円の教育無償援助をしている。
今後も様々な要求が続くだろう。
 東京都はカイロ大学に300億円の教育無償援助
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小池ユリ子:エジプト国立カイロ大学社会学科卒業(日本人で2人目、女性初)【人事院月報:公務員関係情報誌 43(4)(476)】1990-04

【人事院月報:公務員関係情報誌 43(4)(476)】1990-04
著者    人事院総務課 編
出版者   日経印刷
出版年月日 1990-04
小池ユリ子さん中島事務総長にインタビュー
1月16日、中島忠能前給与局長が
事務総長に就任しました。
そこで、就任の抱負や今後の課題について、
小池ユリ子さんが中島事務総長にインタビューしました。
https://dl.ndl.go.jp/pid/2736225/1/8
小池ユリ子(テレビキャスター)
関西学院大学、カイロ・アメリカ大学を経て
昭和51年エジプト国立カイロ大学社会学科卒業
(日本人で2人目、女性初)。
現在、テレビ東京「ワールド・ビジネスサテライト」
ほかキャスターとして活躍中。
日本アラブ協会理事。
著書は「振り袖、ピラミッドを登る」
「おんなの人脈づくり」ほか。
 p9【人事院月報:公務員関係情報誌 43(4)(476)】1990-04
〔画像〕p9【人事院月報:公務員関係情報誌 43(4)(476)】1990-04
https://dl.ndl.go.jp/pid/2736225/1/9
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
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緑の国・リビア 小池百合子【経済協力 (132)】1978-11

【経済協力 (132)】1978-11
出版者   国際技術協力協会
出版年月日 1978-11
 ■■緑の国・リビア■■
   小池百合子
今回のわたしのリビア訪問は、
カイロ大学留学中の1973年以来、
5年ぶりである。

日本テレビの取材班に同行し、
リビアの紹介フイルム製作を目的にやって来た。
シルテを訪れたのは、
カザフィー人民会議書記長の両親に会うためである。

その前々日、
ベンガジの兵舎の一部にある書記長執務室で、
日本テレビの上子専務と書記長の会見が行われ、
わたしはその時の通訳を務めた。
p14【経済協力 (132)】1978-11
〔画像〕p14【経済協力 (132)】1978-11
https://dl.ndl.go.jp/pid/2664487/1/14
 ◎忘れられぬ国リビア
リビアは、わたくしにとって
忘れることの出来ない国である。
5年前にやって来た時には、
石油探査の一行とやってきたが、
調査を終えカイロに向う、
リビア航空の便を予約した。
しかし、調査の関係で、
2、3日延ばすことにした。
予約を取り消したそのリビア航空機は、
イスラエル軍によって打ち落され、
百数十名が死亡するという大事故になったのだ。
「アル・ハムドウリル・ラー!」
事件を聞いて、一瞬茫然としてしまった。
それ以来、運命論者の端くれを自称している。
その後も同じことを、
1976年12月のエジプト航空機でも体験した。
一度ならずも二度もあの世行きを断われている。
p16 【経済協力 (132)】1978-11
〔画像〕p16 【経済協力 (132)】1978-11
https://dl.ndl.go.jp/pid/2664487/1/16
 ◇会員懇談会◇
10.19 カダフィーとの会見記及びリビアの現状について
 日本テレビ専務 上子俊秋氏

経済協力/No.132 発行(社)国際技術協力協会
1978年11月15日発行
〒115 東京都港区西新橋1-4-10
    第3森ビル
TEL 03(591)6461,6464
https://dl.ndl.go.jp/pid/2664487/1/17
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