藤岡真知子

《藪本花子=吉田花子:船井郡須知町》令兄《藪本唯男》【日本医事年鑑 昭12年度版】【日本醫籍録 昭和15年版】

【日本医事年鑑 昭12年度版】
著者    日本医事新報社 編
出版者   日本医事新報社
出版年月日 昭和12
p4【日本医事年鑑 昭12年度版】
〔画像〕p4【日本医事年鑑 昭12年度版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/1048203/1/4
《藪本花子》
大阪市 西淀川區 海老江中一ノ一八
《藪本唯男》
大阪市 西淀川區 海老江五ノ一八
p503【日本医事年鑑 昭12年度版】
〔画像〕p503【日本医事年鑑 昭12年度版】
https://dl.ndl.go.jp/pid/1048203/1/503
図書館・個人送信資料利用可 ログイン中【小野一雄】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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【日本醫籍録 昭和9年版】
出版者   醫事時論社
出版年月日 1934
《藪本唯男》
大阪市西淀川區 海老江中一ノ一八
内小兒科 外科 花柳病科 藪本病院
明治卅七年七月卅日生
和歌山縣出身
昭和五年 愛知醫大卒業
登録 六二八二一號
卒業後 愛知醫大 勝沼内科ニ勤務
昭和六年七月 現地開業
《的場克己》
大阪市西淀川區 海老江中一丁目
内小兒科 外科 花柳病科 藪本病院
明治卅八年十二月十七日生
三重縣出身
愛知醫大卒業後 愛知醫大ニ研究
昭和六年七月 現地 藪本病院ニ勤務

【日本醫籍録 昭和15年版】
出版者   醫事時論社
出版年月日 1941
《吉田花子》
京都府船井郡 須知町三日市
小兒科 内科 吉田醫院
明治四四年三月十一日生
大阪市出身
昭和八年 大阪女子高等醫專卒業
卒業後 神戸市市立市民病院 内科ニ入リ
二ケ年在職後
大阪市西淀川區 藪本病院ニ歸宅
令兄ノ醫業ヲ補佐シ
昭和十一年 現在處 開業
須知町 町醫
趣味 讀書・渉獵・旅行

《藪本唯男》
大阪市西淀川區 海老江中一ノ一八
内外兒科 花柳病科 藪本病院
明治卅七年七月卅日生
和歌山縣出身
昭和五年 愛知醫大卒業
登録 六二八二一號
卒業後 愛知醫大 勝沼内科ニ勤務
昭和六年七月 現地開業
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《藤岡真知子》note花子《吉田花子先生》桜子先生6二つの知識

【学友会同窓会名簿 : 同志社女学校専門学部・
 同志社女学校高等女学部 昭和3年6月10日調】
出版者   京都同志社女学校学友会
出版年月日 昭和3
p1【同志社女学校専門学部:昭和3年6月10日調】
〔画像〕p1【同志社女学校専門学部:昭和3年6月10日調】
明治三十九年普通學部卒業生(二一名)
吉田(船越)里
京都府船井郡須知町
p39【同志社女学校専門学部:昭和3年6月10日調】
〔画像〕p39【同志社女学校専門学部:昭和3年6月10日調】
【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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桜子先生 6 二つの知識
花子
2024年12月13日 11:16
国道沿いの家に私は父や母、私たち子供、
お手伝いさんや看護婦さんと住んでいました。
祖父や祖母は、田畑が広がる在所で、
江戸時代から続く、大きな家に住んでいました。
父は9人兄弟で、父の一番下の妹は、
私の姉と6歳しか離れていませんでした。

祖母は、京都の同志社大学の前身で、
新島襄が京都で英語の学校を
始めた頃に学んだ卒業生でした。
つまり祖母は、
その時代の最先端の知識、
英語を身に着けた女性でした。
私の高校のころ、
「おばあちゃん、まだ英語覚えている。これ読んで」
と、高校の英語の教科書を渡しました。

祖母の時代から、
20年ほど遅れて生まれた母の『生き方』の違いに、
今更驚きます。
祖母は京都の田舎育ち、
母は大阪育ちで、
二人の育った環境も違いました。
母と祖母は、正反対でした。
二人とも若いとき、
当時の最先端の知識、医学や英語を学びましたが、
祖母はそれを恥のように隠し、
母は一生涯それを学び、活用した人でした。
祖母が本や新聞を広げているのを見たことありませんでしたが、
母は暇があると、取り寄せた専門書を読んでいました。
「ちょっとでも知ってると、
 一人でも患者さんを助けられるから」
「知らんということは、怖いことや」
と、母はいつも言っていました。

母の医院は、
祖父母の家から歩いて10分ほどの所でしたが、
祖母は、母に協力したり、
助けたりすることもありませんでした。
その必要もありませんでした。
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《藤岡真知子》note花子《吉田花子先生》桜子先生2田舎

《吉田花子・吉田五三子・中島襄》吉田医院 丹波町蒲生
【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)
コメント一覧
1. 藤岡真知子 2026年01月14日 19:18
医籍総覧に、吉田花子の事を書いていただき
ありがとうございました。
吉田花子は、私の母です。
昨年、ネットnoteに、
花子のペンネームで、
母の昔話を書きました。
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桜子先生 2 田舎
花子
2024年11月21日 14:38
「お母さん どうしてこんな田舎に御嫁入したの」
ある日、潜り込んでいる布団の中で母に聞きました。
母の嫁入り先、つまり私の実家は、
山陰線の鈍行で京都駅から一時間以上汽車に揺られて、
下車した駅からバスで、今度は峠道を延々と上り、
頂上近くの隧道、つまりトンネルを超えて、
またどんどん下って行った、
日本海に通じる国道沿いの町で、昔は小さな宿場町でした。
あちこちの山間に田畑があり、
そこに小さな集落が点在している田舎でした。

「父の知り合いのお坊さんが、
 『よい話』と言ってね、
 わての嫁入り先の話をもってこられたんや」

母の父親は、すぐ現地に調べに行ったそうです。
まずその町の役場に、町の事情を聞くために入りました。
驚いたことに、
母の結婚相手の親が、
その町の町長だったのです。
二人は、話しているうちに意気投合して、
息子と娘の縁談を決めて帰って来たのでした。

国道沿いに二人の家を建て、
母が開業できるように、
待合室や診察室、薬局などを作ったそうです。
「わては、医者以外は何にもできないから、
 お手伝いの『ゆきちゃん』と一緒に嫁入りしたんや」
と、母が当たり前のように言ったのには、
びっくりしました。
私の小さい時の、
やさしい『ゆきちゃん』は、
母の嫁入りについてきた人だったんだ、
とこの時初めて知りました。

父は柔道、剣道7段の強者だったのです。
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blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年06月02日17:29
[077]〔吉田九一郎君〕p103-104[現代船井郡人物史]
[077] 〔吉田九一郎君〕p103-104
    前船井郡會副議長
    船井郡須知町字蒲生
殊に君は雄辯家にて
辯論と劍道は其長所とする所にて
普通は人一倍の吝者たるも
政治運動
特に論壇と劍術には多少時間と黄金を犠牲に供せり、

一年三百六十五日
一日も欠さず早朝床を離れて
分家せる吉田兵進氏を相手に
擊劍を練磨せる其膽力に徵して明かなり、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
blog[小野一雄のルーツ]改訂版
2012年06月02日09:16
[101]〔吉田兵進君〕p134-135[現代船井郡人物史]
[101] 〔吉田兵進君〕p134-135
    須知町長
    船井郡須知町
氏は明治十六年二月二十一日生にて
同村吉田九一郎氏の實弟なり、
p1【現代船井郡人物史】大正5年
〔画像〕p1【現代船井郡人物史】大正5年
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《藤岡真知子》note花子《吉田花子先生》桜子先生1試験

《吉田花子・吉田五三子・中島襄》吉田医院 丹波町蒲生
【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)
コメント一覧
1. 藤岡真知子 2026年01月14日 19:18
医籍総覧に、吉田花子の事を書いていただき
ありがとうございました。
吉田花子は、私の母です。
昨年、ネットnoteに、
花子のペンネームで、
母の昔話を書きました。
母が82才のころ、骨折して寝ている時、
面白い話をきき、それを思い出して、
書いてみたくなったのです。
マガジンに、出しました。
いつか読んでいただくと、
医者になったいきさつや、
エピソードを、書いています。
お暇がございましたら、読んでみてください。
母の事書いていただき、嬉しい事でした。
ありがとうございました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
note 花子
私は子育ても仕事も終わり、残りの命を楽しんでいます。
お金も家も定職もない人が大好きになって結婚し、
忙しかったけれど幸せでした。
そして面白い楽しい人生でした。
もう86歳超えました。
今は海を見て飛び出す魚に感動し、
空飛ぶ飛行機を見て、
その下にすいすいと飛ぶ鳥にあこがれ暮らしています。

桜子先生 1 試験
花子
2024年11月18日 10:56
あらすじ
 母は明治44年うまれの女医でした。
当時大都会である大阪商人の娘で、
思いがけず女医になってしまいました。
当時の女性の理想像である良妻賢母と全くかけ離れた、
珍しい職業を持った女性でした。
そんな母が、京都の山奥の村で
一開業医として一生を終えたのです。
  -略-
 「お母さん、どうして医者になったの」
母は大阪の街で生まれました。
そして大阪女子医学専門学校(現代は関西医科大学)
第一回卒業生でした。
  -略-
「わては夢は、英語の先生やった。
 でも女学校卒業の時、
 大阪に女のお医者の学校ができると聞いて、
 友達みんな、
 その大阪女子医専を受験するというねん。
 自分一人だけ英語の学校へ行っても面白くないから、
 仕方なしに、みんなと一緒に大阪女子医専の試験をうけた」
「びっくりした」
「その時、合格した者は、わて一人だけだった。※下記
 わて困って、お父さんに相談したら、
 これから日本は戦争して、女はみな未亡人になる。
 医者になっておいたら、一生食うのは困らん」

平川先生やいろいろな先生などは…
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大阪女子高等医学専門学校 第一回卒業
卒業年月日 昭和8年6月15日
卒業者数  80名(女)
【関西医科大学四十年の歩み】1968
出版者   関西医科大学
出版年月日 1968
p1【関西医科大学四十年の歩み】1968
〔画像〕p1【関西医科大学四十年の歩み】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3446566/1/1
  教授會顧問
京都帝國大學教授 醫學博士
前田 鼎
  豫科教職員
倫理 豫科教務課 主務・教授
コロンビア大學卒業
平川寛三
https://dl.ndl.go.jp/pid/3446566/1/31
  卒業生数表
大阪女子高等医学専門学校
第一回卒業
卒業年月日 昭和8年6月15日
卒業者数  80名(女)
p154【関西医科大学四十年の歩み】1968
〔画像〕p154【関西医科大学四十年の歩み】1968
https://dl.ndl.go.jp/pid/3446566/1/154
関西医科大学四十年の歩み
昭和四十三年十月十九日刊行
発行者 学校法人 関西医科大学
    大阪府守口市文園町一番地
印刷所 洋洋堂
    大阪市城東区蒲生町一ノ二五
https://dl.ndl.go.jp/pid/3446566/1/172
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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【醫海時報 (2026)】1933-06-24
出版者   醫海時報社
出版年月日 1933-06-24
  女醫會關西支部總會
日本女醫會關西支部總會は去る
(昭和8年)六月十八日
大阪市北區中之島田襄橋
大阪ビル八階に於て開會せられた、
(二)大阪女子高等醫學專問學校
第一回卒業生全部八十名に對する入會歡迎
 東京女醫 竹内茂代女史
 關西支部長 醫學博士 福井繁子女史
 東京より會長 吉岡彌生女史
        田川すみ子女史
        杉田つる子女史
 橘薫幹事の會務報告
大阪醫專の第一回卒業生八十名を
我が會員に迎へ得たことの喜びを報告し、
吉岡會長は登壇して
日本女醫會の創立沿革等を物語つて

此の日唯一人の男性來賓である
大阪女子醫學專門學校 醫學博士
前田鼎氏が登壇して祝辭を述べたが、

神戸の野間女醫
p20【醫海時報 (2026)】1933-06-24
〔画像〕p20【醫海時報 (2026)】1933-06-24
https://dl.ndl.go.jp/pid/11184611/1/20
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【 】『国立国会図書館デジタルコレクション』
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《吉田花子・吉田五三子・中島襄》吉田医院 丹波町蒲生【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)

【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)
著者    保険医療調査会 編纂
出版者   医事公論社
出版年月日 1971
p3【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)
〔画像〕p3【医籍総覧 西日本版】昭和46年(1971)
https://dl.ndl.go.jp/pid/12643980/1/3
《吉田 花子》 丹波町字蒲生 電話 須知 一
内児 吉田医院 大阪出身
明治44年3月11日生
昭和8年 大阪女高医専卒
登録 七二〇五一号
大阪市西淀川区海老江一丁目
藪本病院従事
昭和11年3月 開業
趣味 詩吟・琴
家庭 一男二女

《吉田五三子》 丹波町字蒲生 電話 須知 一
内児 吉田医院 大阪出身
大正14年5月3日生
昭和24年 大阪女高医専卒
登録 一三一三九五号

《中島  襄》 丹波町字蒲生 電話 須知 一
産婦 吉田医院
昭和29年 京大卒
歴 母校産婦人科教室助手後現職
https://dl.ndl.go.jp/pid/12643980/1/188
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